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それぞれの旅路編

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第十八回番外編「瞳を開けて見る夢」
1998/07/31 18:30:20
D−boy
 ある「純粋な想い」があった。
 幼い頃出会った少年。彼と過ごした素晴らしいひと時。
 そして、悲しい別れ。
 その全てが、彼女にとっては聖域であり、変わること無い「夢」だった。
 彼女は願った。その「夢」を、もう一度見たいと。「夢」を「現実」に、と。
 果たして、それは叶えられた。
 しかし、その時彼女は知らなかった。「現実」は「夢」とは違い、変化していくものだということを。
 彼女は、「現実」となった「夢」に、裏切られた・・・。

「・・・・ッ!!」
 ユウは、うなされて目が覚めた。
 体中に汗をかいていた。真夏の夜のねっとりした空気とからみあって、まるで鎧のようにユウの体を重くしている。
「また、私は見てしまったんだね。あの「夢」を・・・」
 そう呟き、ユウは笑った。彼女には似合わない、自嘲の笑み。
「どうした、眠れないのか」
 ふすま越しに、優しい声がかけられた。ユウが泊めてもらっている、この家の主人だ。
「うん・・・ごめんねおじさん。起こしちゃった?」
「いいや別に。良太もよく寝とるでなあ」
「そう。良かった・・・」
 ユウは大きく息を吐いた。少し体が軽くなる。
「どうだ、ちょっとこっちにこんか。冷えた麦茶があるぞい」
 自分を気遣ってくれるおじさんの心根に、ユウは素直に従った。
「そうか・・・今やっとる旅は、道連れがおるのか」
 一通りユウの話を聞き終えたあと。おじさんは煙草の煙とともにそう呟いた。
「成り行きでね。・・・でも、思ったよりいいものだよ」
 自然にそう言葉が出た自分に、ユウは少し驚きを感じた。
「そうか。そう思えるか」
 満足そうにうなづくと、おじさんはそれきり何も言わなくなった。
 開け放たれた納戸から、夏の匂いを孕んだ涼やかな空気が流れ込んでくる。カエルの声や、名も知らぬ虫たちの声をのせて、風が二人を包み込んでくれる。

「昔言ってた、「さがしもの」なんだけど」
 ほろり、と言葉がこぼれおちる様に、ユウは言った。
「・・・みつかったんだ。少し前に」
 そこで言葉を切り、ユウは少し黙り込む。
 そんな彼女を、おじさんはただ静かに見つめていた。
「みつかったんだ、やっと。嬉しかった・・・すごく。・・・けど・・・」
 カエルや虫の合唱が、ひときわ大きくなったようにユウは感じた。
「・・・でも、あの人は。私を選ばなかった。・・・違う娘を、選んだんだ」
 風の音にもかき消されそうなほど、か細い声。
 しかし、その声は確かに存在していた。

「やっと見つけた、さがしものだったんだけどな」
 ユウは無理に笑顔をつくろうとした。それは、彼女にとって生まれてはじめての試みであり、そしてそのせいで失敗した。
「見つかったさがしものが、その人の思っている様なものじゃなかったら。恐ろしく残酷なものだったら。その時は、どうすればい いのかな。何を信じて、私は・・・」
 絞り出す様にそこまで言うと。ユウはうつむき、それきり何も言わなくなった。おじさんも、何も言わない・・・。
 どれくらい時間が経ったろう。
 ユウはスッと顔を上げると、おもむろに麦茶をごくごくと飲み干した。そして汗をかいたコップをことりと置くと、「ごちそうさま」と礼を言って席を立つ。
「なあ、ユウちゃんよ」

 背中に、おじさんの明るい声がかかる。
 「夏もいいがな。やっぱりここの醍醐味は、秋から冬なんだぞ」
 ユウは振り返って、おじさんの顔を見た。白い歯を見せ、にっこりと笑っている。
「この辺の山一帯、ぜーんぶまっかっかに染まってな。そうかと思ったら、ひと月もせんうちに、今度は一面まっっ白!。わしはもう何十年もそれを見とるが、ちっとも見飽きん」
 突然「お国自慢」をはじめたおじさんの真意を計りかね、ユウは怪訝な顔になる。
「だからな、ユウちゃん」
 それにかまわず、おじさんは続けた。

「疲れたら、いつでもここに来な。いっぱい生きて、いっぱい旅して。・・・そんで疲れたら、ここで休んでいきなよ」
 いつでも、まっとるよ。
 その最後の言葉は、おじさんの優しい視線によって語られた。声に出ずとも、ユウにはそれで十分だった。

「ユウ、もう行っちゃうのか?」
 良太少年が、名残惜しそうに言った。
「うん。もう、十分休んだからね。仲間のところに戻らないと」
 にっこり笑って、ユウは答えた。
「・・・ユウ」
「ん?」
「元気出たみたいで、よかったなあ」
 自分のことのように嬉しそうな、少年の笑顔。
「フッ・・・どうしたんだい、いきなり」
「だって、来た時はなんだか、心配事あるような顔してたからさ。でも、今は違うよ。いつものユウの顔だ!」
「フッ、生意気いっちゃって」
 と言いつつも、ユウは内心で少年の鋭い洞察力に舌を巻いた。

 もっとも、少年のいう「心配事」は、まだユウの心から消え去ってはいない。このままセンチストーンを探す旅を続けて行けば、必ず「あの娘」に出会うことになる。そして、その傍に寄り添っているはずの「彼」にも・・・・・・。
 しかし。
 ユウは、旅を続けるつもりだった。今の彼女には「仲間」がいるから。
 そして、なによりも。
 彼女は、愛しているから。「旅すること」そのものを。

「じゃあね、良太。まゆちゃん泣かすんじゃないよ・・・」
「う、うるへー!!!」
 真っ赤になって怒鳴る少年の声を背に、ユウは歩き出した。
 軽やかに、歌を口ずさみながら。

 瞳を開けて 見る夢なら 今は傷ついてもいい

 この空が 勝手なほど 素直になれるよ・・・・・


第十九回「思い出の反物」
1998/08/02 23:22:25
シリアスは疲れる一夢庵
 せつなさウエーブの波動に導かれケイジとDは金沢へとやって来た。
 発信源の人物を探すべく市街を方々歩き回ったが、せつなさウェーブの反応は微弱でありそれらしい人物にはいまだ出会えずにいた。金沢城界隈を歩いているとき、ケイジが立ち止まりDに声をかけた
「なぁD殿この銅像のことなのだが….」
 ケイジは加賀藩祖前田利家公の銅像を指差して云った。
「どうもこやつの像をみていると…なんというか…苛めてみたくなるのだが…一体どうしてなのであろうな」
 いぶかしげにケイジをみるDを尻目にケイジは続ける
「きっときゃつとは前世で浅からぬ因縁があったにちがいない。よーし!」
 ケイジは何か思いついたらしく銅像によじ登った。
 フフフーンフフーン♪ ケイジは鼻歌混じりに銅像にイタズラ書きをはじめた。
 おでこに"バカ"、目の下に隈取り、ほっぺにグルグル渦巻きとやりたい放題であった。
「あなた達なにをしてるの!」
 鋭い語気にケイジは振り向くとそこには学校の制服らしいブラウンのブレザーを着たメガネのよく似合う優等生風の女子高生が立っていた。
(い、いかん!)ケイジは持っていた白マジックをあわてて隠し雑巾を取り出した。
「こ、これは....どこかの心ない者がイタズラ書きをしたようなのでな。自分達が綺麗にしておったところでござる。な、なぁD。」
「お、おぅ」Dもケイジに合わせた。
「そうだったの。わたしはてっきり...ごめんなさい。そうだ、わたしにも手伝わせてもらえないかな?」
「すまぬ。かたじけない」
 (ふぅ−なんとか誤魔化せたようであるな)
 こうして二人は自ら汚した銅像の掃除を女子高生と共にするハメになった。
「はぁ−。ようやく綺麗になったようであるな。」
 ちょうど銅像の掃除が終わった頃地面を叩きつけるような強烈な雨が降ってきた。
「あの...わたしの家でしばらく雨をしのぎませんか?」
「かまわぬのか?」
「銅像を綺麗にして貰ったお礼もしたいし....わたしこの街が好きだから」
「では参るか」
 ケイジとDそして女子高生の一行は彼女の家へと向かうこととした。
「そういえば自己紹介がまだであったな。自分は渚ケイジ。で向こうにおるのがD少年でござる」
「わたしの名前は保坂...保坂ミユキです」

 どうやら通り雨であったらしく雨は小一時間もすると止み、雲の隙間から青空がのぞいていた。ミユキの家は加賀友禅の呉服問屋であった。店先の奥の茶の間でケイジとDは茶を飲みながら自分の家のようにくつろいでいた。
「すまぬミユキ殿。おかげで雨に濡れずにすんだ。なにしろ我ら今宵泊まる宿すら決まっておらなかったからなぁ」
「そうだったんだ...。そうだ、今夜は家に泊まっていかない? 空いてる部屋もいっぱいあるから。」
 ミユキは二人のお茶を注ぎながら云った。
「よいのか? そういえば父上や母上殿はどこにおるのでござるか。一応断っておいたほうがよいのではないか?」
「そ、それは.....」
 ミユキは答えにつまった。
「そういえばこの店全然客が来ないようであるが...店の中も雑然としているようであったし...一体どうしたのでござるか?」
 ケイジが何気なく問いかけるとミユキは悲しげな顔になり黙り込んでしまった。
 ガシャン! 店先でガラスかなにかが割れるような音がした。
「オイ!!誰もいねぇのか!!」いかにも柄の悪そうな男の声がする
 ミユキが暗い顔のまま店先に向かうとそこには二人のヤクザ風の男を従えた原色系の悪趣味な衣装のかぶき者らしき男が立っていた。
「おぉ。これはこれは麗しのミユキちゃーん。今日はうるせぇジジイどもはいねぇようだな。どうだい、いい加減オレの女になる気になったんだろう?」
 男はねっとりとした嫌みな声でミユキに話しかけた。
「そのことは前にも話したはずです! わたしには心に思っている人がいるって...」
 ミユキがそう答えると男は連れの二人に目配せし店の中を荒らし始めた。
「や、やめてください。お願いだからもうやめて...」
 ミユキの悲痛な叫びが響く
「ミユキちゃ−ん。オレの心は切なくてしょうがないんだよ−。いい返事が聞きたいんだよね−」
 男は土足のまま中に上がるとミユキの顎を撫で回した。その時であった。
 その時であった。
 ゴン!!  茶の間から飛んできた湯飲みが男の額にヒットした。
「痛てっ! だ、誰だ!!」
「人の家に土足であがった上に随分と強引なナンパをしてやがるな」
「ケイジ君!!」
 ミユキの盾になるようにケイジは男の前に立ちはだかった。
「てめぇ見かけねぇ顔だな。何者だ!」
「下郎に名乗る名などない」
「てめぇ...オレが誰だか知らねぇようだなぁ。いいか!オレはこの金沢の街を仕切っているまなゆう組の....」
 男が言い終わらぬ内にケイジの平手打ちが男の顔を直撃した。

「ほげえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 男は店の外まで吹っ飛んでいった。ケイジの一撃で男の顎は見事に右にひん曲がっていた。
「痛ぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉ!! アゴが、アゴがぁぁぁぁぁ!!!」
「あ、アニキぃ。お、覚えてろよ」
 連れのチンピラは泣き叫ぶかぶき者を担いで逃げていった。

「ミユキ殿....どうやらあれが店の寂れてさせている元凶のようでござるな」
 ケイジにそう問いかけられるとミユキは黙ってうなずき、ぽつりぽつりと事情を説明しだした。

 まなゆう組の組長オショウが修行の旅へと出てからというものひそかにミユキのことをねらっていた組長の弟がこの店に来るようになったこと。何度断ってもしつこく店にやって来ては暴れそのため客足が遠のいてしまったこと。店の修理費やら顧客の確保のために祖父や母が奔走していること。ミユキを守るために父は大ケガを負い入院していることを.....
「わたしには心に決めた人がいるの。4年前にいなくなっちゃったんだけど...。」
 ミユキは自分の部屋から紺色の反物を持ち出して来た。
「約束したの。いつか.....この反物を浴衣に仕立てて彼と一緒に高岡の花火を見に行くって.....」
 嬉しそうに話すミユキを感慨深げにケイジはみていた。

「いい話でござるな。そうとわかればあんな外道ども自分たちが懲らしめてやるさ。なぁ、D。」
「おぅ。」
 煎餅をかじりながらDはこたえた。
「ありがとう。でもいいの。これはわたしとあの人との問題だから...これ以上ケイジ君達に迷惑はかけられないもの....」
 ミユキは云った。
 当の本人にそう云われてはしようがない。ケイジはこの件については触れないことにした

「そうだ。夕飯まで時間があるから金沢見物に行ってきたら? 帰ってきたらわたしの手料理ご馳走するから。ねっ。」ミユキは重苦しい雰囲気を取り
 払おうと話題を変えた。
「お、ミユキ殿の手料理か。それは楽しみでおじゃるなぁ−。それじゃあお言葉に甘えて金沢見物としゃれ込もうじゃないか。行こうぜD。」
 ケイジにはわかっていた。ミユキが二人に心配をかけまいと無理に笑顔を作っていたことを....ならば自分もそれに応えねばなるまい。ケイジは剽げた調子でこたえ、Dを引き連れて街へとくり出していった。

「いやぁ輪島塗の箸に加賀人形、結構買い込んでしまったなぁ。おユウ殿やチュウニ殿への土産はこれで十分であろう。」
 買い物袋を抱えケイジとDはミユキの家に戻る途上にあった。
「なぁ、ケイジ」「なんだ」
  Dはケイジに話しかけた。
「さっきミユキが反物を持ってきた時なんだけどな。すっげぇ強え−せつなさウェーブを感じたんだ。どうやらミユキはセンチストーンの持ち主みてぇだな」
「本当か?!」
 ケイジの脳裏に一瞬ワカナの姿がよぎっていた。
「いやーよかったよかった。こんなにあっさり見つかるとはな。帰ったら早速ミユキ殿に頼んでみると致すか」

「ただ今戻った」
 ケイジが声を掛けたが返事はない。
 耳を澄ますと奥の方からすすり泣く声が聞こえる。そういえば店の様子も変だ。出るとき以上に荒らされている。
「まさか、ミユキ殿!!」
 胸中に不安を感じながらケイジとDは奥へと飛び込んでいった。
 ミユキは自室で泣き崩れていた。部屋の中は荒らされていた。抵抗したせいかメガネは割れて床に落ちており、頬には青アザがついていた。
「一体これはどうしたのでござるか」
 そう問いかけようとしたケイジであったが机の上置き手紙があるのに気づいた。

『果たし状
              反物を返してほしくば夕方6時、犀川の緑地公園に来い 一対一で決着をつけてやる』

 署名はなかったが間違いない昼間のかぶき者だ。ケイジは確信していた。
「D! いくさの用意だ!」
 ケイジが吼える。
「やめて!」
 泣いていたミユキがケイジを制止すべくすがりついた。
「ごめんなさい。でもこれ以上わたしのためにケイジ君達に迷惑かけられないから。だからお願い。行かないで!」
 なんという健気な娘なのだろう。暴行を受け思い出の反物を奪われたのにもかかわらず己のこ とよりも人のことを心配するとは.....ケイジはミユキのやさしさに感動していた。
 そしてそれ以上にまなゆう組への怒りの炎にその身を燃やしていた。
「それに...もういいの。もう4年も待ったのに彼は会いに来ないもの....忘れちゃったんだよきっと...だからもういい。わたしも忘れるから.....」
「ミユキ殿、本当にそれでよいのか?」
 ケイジはミユキに優しく語りかけた。
「約束したのでござろう。二人で花火大会へ行くと。4年も待ったのであろう。彼を信じて。こんなことで諦めてしまって良いのか? そなたの想いはそんなものであったのか?」
「.......」
 ミユキは何も云わない。ケイジは続ける。
「約束してくれぬか? 決して諦めぬと...反物は自分が取り返して来るでござる。」

「でも....」
「なぁ−に。あんな野郎ペペンのペ−ンと叩きのめして来るでござるよ。晩メシ前のいい運動さ。戻ってきたらミユキ殿の手料理ご馳走してはくださらぬか? 姫様お頼み申すぅぅぅ」
 ケイジはそんな風にふざけて云った。
「うん。ありがとう。ごめんね、もうわたし諦めたりしないから。」
 ミユキの顔に笑顔が戻っていた。
「そう。やはりおなごは笑顔が一番でござるな。」ケイジも笑ってみせた。
「お−いケイジ! BBS本部からロンギヌスの朱槍と松風が届いたぞ−」
 表からDの呼ぶ声がした。
「おぅ! 久しぶりでござるなぁ。松風に乗るのも..」

 店の前でミユキはケイジとDを見送りに出ていた。
「無理しないでね」ミユキが心配そうにケイジをみつめる
「心・配・ご無用!それより晩ご飯頼んだぞ」
「うん」
「いくぞD! 松風! 出陣じゃ−!」「ヒヒーン!!」
 ケイジは愛馬松風に乗ってDと共に戦場へと赴いていった。


第二十回「決戦、犀の河原(おいおい)」
1998/08/09
MCIsland
 そのころのまなゆう組・・・。
「京姐ぃ。本当にやるんですかい。」
「おだまり、今更怖じ気づいたのかい。あんただって、ミユキを取られたくはないんだろう。」
 夕刻前の部屋の中には男女が二人、壁に飾ってある鹿の頭や般若の面が何とも言えない空間を作り上げている。これでも彼らには居心地が良いのであろう。
「もう、果たし状まで出しちまったんだ。後には引けないよ。」
「全く、姉御もとんでもねぇな。俺は、ミユキに迷惑はかけたくないんだってーのに。あーあー、こんな反物なんか持ってきまってよー。」
「文句があるならはっきりいいな。そんな度胸もありゃしないくせに。かつての緑林党の頭も台無しだねぇ。」
 女はここぞとばかりに追い討ちをかける。目には冷たい光が宿っていた。
(くそ、このあばずれ、やっぱりとんでもねぇ。俺の名前で好き放題だ。兄貴がいれば好きにはさせねぇのに。)
「とにかく、あたいは出るよ。若い衆の落とし前をつけないと気が済まないからね。」
(何が、若い衆の落とし前だよ。古いこと言いやがって。)
 男は、そう心中でぼやいたが、もちろん口に出せるはずもなかった。
「おっと、こいつは借りてくぜ。」
 女は見事な剣を手に取る。こんどばかりは、男も慌てた。
「おい、そいつぁ兄貴のティルフィングじゃねぇか。そんなの持ってどうする気だい。」
「なにさ、ちょっと借りるだけさね。最近、こいつの切れ味ともとんと無縁だったからねぇ。」
 と、女は部屋を出ていってしまった。
「ちっ、トーシロー相手に何意気込んでんだか、だがこいつはちょっとほおっておけねぇか。いまいましい。」
 男も、はき捨てるようにつぶやくと、女の後を追った。

 夕刻の犀川のほとり。夏とはいえ一汗かくにはちょうど良い風が吹いている。女は、剣をを大地に突き刺し、じっと時を待っていた。
「どうどう。」
 川下から、松風を駆りケイジが現れたのはちょうど半時ほど過ぎてのことか。女は、馬を一瞥したきりで別段驚いたようにも見えない。ケイジは松風をなだめると馬を降りた。
「お主があの無礼極まりない書状の送り主でござるか?」
「ふん、どんなのが現れるかと思えば、とびっきりわけの分からないのが現れたね。ごたくはいいからさっさと始めるよ。」
 女は剣を抜くと真っ正面に構えた。なかなかできる。ケイジは久々に胸の高鳴りを感じた。
「まさか、女性であったとは。拙者、ゆえあってミユキ殿を助太刀いたす、ケイジと申す。お主、名を聞いておこうか。」
 ケイジもゆっくりと槍を構える。夕闇の中、空気が張り詰めていた。
「ふん。あたいは京子。ななゆう組のお京たぁあたいのことさね。さあ、いくよ!!」
 と、先に仕掛けたのは京子の方であった。ケイジはなんなく受け止める。数合打ち合った後、京子は間合いを外した。
「やるようだな。」
「あんたこそね。あたいの剣を二度以上受けて無傷なのはあんたが始めてさね。」
「遠慮は無用ということでござるか。」
「驚くのはまだ早いよ。こいつはどうだい。・・・くらえ、流星剣!!」
 京子はすばやい踏み込みから流れるように連続で剣を繰り出していた。流れるような剣先が沈みかけた陽光を反射し煌く。さすがのケイジも防戦一方である。
「ぬぬぬ。されば、こちらも奥の手、火竜流星破じゃあ!!」
 針の穴を通すほどの隙を突いてケイジが繰り出した一撃で、剣は弾け飛んでしまった。ケイジは槍を京子の喉元に突きつけると不敵な笑みをもらした。
「勝負あったようでござるな。」
「くっ、まさか流星剣まで破られるとはな。」

「ざまあねえな。お京。」
 いつのまにか土手の上に一人の男が立っている。
「緑夫、お前いつのまに。」
 緑夫と呼ばれた男は何かを持って土手を下りてくる。
「ティルフィングを使ってまでも勝てねぇとはな。あんたもやきがまわったかい?おい、そこのあんた!」
「拙者のことでござるか。」
「ああ、ほれ、これが約束の反物だ。悪かったな、迷惑かけてよ。俺がもうちっと力があればこんな奴に好き勝手させなかったんだけどよ。」
 ケイジは反物を受け取りながらも混乱していた。確かに反物は本物のようだだがなぜ。
「不思議そうな顔しているな。まあ、無理もないがな。今までのことはそこの女が俺の名前を使ってかってにやっていたことだ。俺は知ってて何もできなかったというわけさ。」
「情けにゃいにゃん。緑夫。」
「こ、この口調は!?」
 土手にもう一人姿を現したものがいる。

「兄貴!!」「組長!!」
 二人が叫んだのは同時であった。そこに立っている人こそ、まなゆう組長その人だったのだ。
「緑夫にはもっとしっかりしてもらわにゃければならないにゃん。京子もにゃんでこんなこまったことをしたんかにゃ。」
 京子は帰って来た組長を見て涙をにじませていた。
「だって、だって組長ったらあのミユキとかいう小娘ばかり気にかけているから、くやしかったのさ。」
「にゃんだ、そんにゃことで迷惑かけていたにゃん。これは、すこしおしおきが必要かにゃ〜〜。」
「わ、私は組長が戻ってきてくれれば何もいらないですぅ。」
「わかった。わかったにゃん。」
 京子は組長に抱きついて涙ぐんでいる。最後の方はほとんど言葉になっていなかった。
「ひぇー。あいも変わらずなんでこんなのがもてるんだか。じゃあ、あれは全部やきもちだったのかぁ?」
「緑夫もこれくらい始末できないでどうするにゃん。鍛え直すにゃん。」
「う・・・はい。」
 二人ともすっかり言いなりである。ケイジにもこの男が発する気力に並々ならぬものを感じていた。
「ところで、京子とか申したな。お主、何故、その剣を持っている。そして、何故、その技を使う?」
 だが、京子は答えることができそうにない。

「にゅー。それについては私から話すにゃん。その槍はロンギヌスの槍かにゃ?」
「いかにも。我が家に代々伝わる槍でござる。」
「その、ティルフィングも我が家に伝わる剣だにゃん。君の守る人は誰かにゃん?」
「守る人とは?」
「誰もいないのかにゃん?」
「言っている意味が分からないでござる。」
「両親はどうしてるかにゃ?」
「拙者、第二次大崩壊の時に一族郎党を失って以来、天涯孤独の身ゆえ。」
「それは、辛いことを聞いたにゃん。我が家はミユキの保持する茶のセンチストーンの守護者にゃん。きみにも守る人がいるはずにゃん。」
「そ、そうだったのかい。」
 京子がはでに驚いている。何も知らなかったらしい。
「まったく、教えてなかったのはいけなかったにょだけどこんにゃになるとは思っていなかったにゃん。これではにゃんのために技を教えたかわからにゃいにゃん。」
「守るべき存在でござるか・・・。ななゆう殿、拙者はゆえあってそのセンチストーンを集めている途上でござる。それゆえ、今はまだ守る者を探すことはまかりなりませぬ。」
「センチストーンを集めるのかにゃ。そんにゃに大変なことが起こったかにゃ。」
「いかにも」
「それは、大変にゃん。緑夫も一緒に行くにゃん。」
「あっ、兄貴!?」
 緑夫は完全に意表を突かれ、情けない声を出してしまった。
「これも修行にゃん。そうそう、ミユキにも挨拶していくといいにゃん。」
「わ、わかったよ。よろしくな、ええっと。」
「拙者はケイジ。渚ケイジでござる。」
「緑夫だ、兄貴は言い出したら聞かないから、よろしくたのむぜ。」
「緑夫はどんどん使ってくれてかまわないにゃん。何か困ったことがあれば金沢をたずねるにゃん。それから、当面の旅費も緑夫に渡しておくにゃん。」
「これは、何から何まで。よろしいのでござるか?」
「迷惑かけたおわびだにゃん。遠慮は要らないにゃん。」
「かたじけない。」
 と、ケイジはひらりと松風に飛び乗った。もう辺りは闇が包みつつある。
「それでは、ひとまずミユキ殿の所へ戻るでござる。D殿、緑夫殿。」
「ああ、終わっただか。おら、腹へっただ。」
「ミユキに会うのか・・・。おっしゃ、行くか。」

 こうして、新しい仲間は加わった。D少年の出番が全く無かったのは秘密だ。


第二十一回「それぞれの旅立ち」
1998/08/21 23:00:15
一夢庵さん
 ケイジとDはオショウ組長とミドリオを伴ってミユキのもとへ戻った。
 オショウは反物をミユキに返し、そして組員の今までの非礼を詫び、店の修繕費やら新しい顧客の紹介やらを総て自分の方で引き受けることを約束した。それを聞いたミユキは感激のあまり今までの経緯も忘れて、逆に頭を下げてしまう始末であった。

 こうして総ては丸く収まり、その夜はミユキの手料理とオショウの携えてきた各地の地酒で楽しげな宴となった。

「しかし本当にDちんはよく食べるにゃん、ケイジ君」
 隣でガツガツと食べるDを見てオショウは驚いていた。無理もない、その時、Dは優に10人前もの皿を空にしていたのだ。
「ふふっ。でもスーパーサ○ヤ人になった後はもっと凄いでござるよ」
 Dの貪食を気にするでもなくケイジは平然と答えた。
「スーパー○イヤ人?」
「おおっと、今のは何でもないでござる。剣呑、剣呑」
 ケイジはオショウの問いをうまく誤魔化し、水のように酒を飲んでいった。

ふと部屋の脇を見やればミユキは例の反物を愛しげに抱えて心安らかに微笑んでいた。
 まるで我が子を抱きしめる母のように....そして彼女の躰からは強烈なほどのせつなさウェーブが発せられていた。夢中で食べていたDもさすがに自らの肌をしびれさせるほどのせつなさウェーブに気づき、お椀を放り出してミユキの元に近づいていった。
「おう、そうだ。ミユキ、オラ、おめぇに頼みてぇことがあったんだ。」
「えっ、わたしに?」
 ミユキは不思議そうな面もちでDの方をみた。

 翌朝、宴の酔いからさめた一行は次なるセンチストーン探索の旅に出るべく金沢駅で列車の出発を待っていた。
 オショウは夜が明ける前にすでに金沢を離れていた。
 自分には決着をつけねばならぬことがある。いずれまた旅先で会うこともあるにゃん、ただそれだけを言い残して....
 ミユキもまたケイジ達を見送りに来ていた
「ケイジ君、本当にどうもいろいろありがとう。わたし、なんてお礼を云ったらいいか..」
「よかったな、ミユキ殿、総て丸く収まって。これからはお店の方もうまくいくさ」
 しばし沈黙する二人。その間にケイジらの乗る列車がホームに入ってきていた。

「あっ、そうだミユキ殿。そういえば...」
「ええ、センチストーンのことね。今度はわたしがケイジ君達を助ける番だよね。必要になったらいつでも電話して、待ってるから」
 ケイジが途中まで云いかけたところでミユキは答えた。
「いやいや、違うでござる。ミユキ殿の想い人のことでござるよ」
「あっ!」
 勘違いのためかあるいは"想い人"という言葉に反応したのかミユキは思わず声をあげてしまった。
 動揺が収まるのを待ってか少し間をおいてミユキは話し始めた。

「わたし......わたしの方から彼に会いに行ってみようと思う....このまま待ってるだけじゃ何も変わらないから....それにケイジ君とも約束したから...絶対に諦めないって..」
「そうか、ついにミユキ殿も出陣でござるかぁ。そうだ、これを持って行かれよ」
 そう云うとケイジは懐から数珠を取り出した。
「これは?」
「いくさのお守りでござる。おなごにとって恋とはいくさのようなもの、ミユキ殿の武運長久祈っておるぞ」
「ありがとう.....わたし頑張るから」ミユキは数珠を強く握りしめた。
ジリリリリリリリリリ........
「おっと、そろそろ行かねばならぬな。では姫様、恋の成就祈っておるますぞ」
 ウィンクしながら車内へ滑り込むケイジ。ドアは閉まり、列車は徐々にスピードを上げ走り出した。
「さようならぁぁぁ!」ミユキはホームの端まで列車を追いかけ、見送った。
 列車は彼方へと走り去り、やがて見えなくなった。
 しばしホームにたたずむミユキ。何気なく空を見上げてみた。
 真夏を迎えた金沢の空はどこまでも蒼くそして澄んでいた。
(さぁ、わたしも行かなくっちゃ)
 ミユキもまた新たな決意を胸に秘め、ホームを後にするのであった。


第二十二回「決意」
1998/09/18
MCIsland
 金沢を出た普通列車は一路米原を目指していた。
「緑夫よかったでござるか。」
「何が。」
「御主、ミユキ殿を懸想しておったのではないか。」
「なっ、なにをいきなり。」
「おっちゃん、けそうってなんだ?」
 無邪気に尋ねるD少年。
 おっちゃんゆーなとケイジは心の中、俗世間モードで突っ込みつつ答えた。
「ははは、懸想すると言うのは、漢がおなごをおなごが漢を好きになることでござる」
「おうおらみんな大好きだぞ」
 そんな、やり取りを緑夫は少し呆けた顔つきで見ていた。
「で、実際のところはいかがでござるかな。緑夫殿。」
 さらに、聞かれると緑夫は窓の方を向いて話しはじめた。
「さあね。俺は兄貴にミユキを守れといわれていたから、そうしていただけさ。もっとも、お京の奴はなにか勘違いしていたみたいだけどな。」
 緑夫は窓の外を流れていく景色を見ながら淡々と続けた。ケイジには緑夫が自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
「それに、ミユキには好きな奴が居るのさ。今は・・・、第三新東京市に住んでいるって言ったかな。」
「なんと、それは異な縁であったな。拙者らは第三新東京市から旅を始めたのでござる。ユウ殿は元気でござろうか。それにワカナ殿は・・・。」
「あんだ?おっさんも人のことじゃなくて自分のことを心配したらどうだ?」
 ケイジは再び、おっさんゆうな、と想ったが、右の眉毛を少々ぴくつかせるだけになんとか止めた。
「さもあらん。ユウ殿は不可思議な御人ゆえ拙者にも良く分からぬ。だが、ワカナ殿だけは巳どもの手で御救いせねばならぬ。それゆえ、こうして旅を続けているのでござる。」
「なんだか、複雑だな。」
「次は名古屋でござる。一刻も早くセンチストーンを集めなければ・・・。」
 列車はひた走る。彼らは米原から名古屋へと移動することになるのだ。

 まなゆう組は閑散としていた。一連の騒ぎも組の人間にとってはお祭りみたいなものでしかなかったのだ。和尚に諭された京子は半ば目的を失っていた。
「みんな行っちまったんだねぇ・・・。組長もいないし。」
 ティルフィングを磨きつつ、呟く。
「私も修行に出ようかねぇ。」
 そう言うと、京子はおもむろに立ち上がった。ティルフィングを背中にしっかりと繋ぎ止めるとあっという間に装備を整えてしまった。
「姐御!!いったいどちらへ。」
 組員が慌てて呼び止める。
「そうだねぇ、とりあえず北へ行ってみようか。後のことはアンタらの好きにしな。だけど、和尚を裏切ったらただじゃすまないからね。」
「姉御・・・」
(組長、ちょいとティルフィングを借りるよ)
「あばよ、元気でな。」
 そして京子も新たなる旅へと足を踏み出していった。

 第三新東京、第二次大崩壊ですっかり形を変えた駒ヶ岳頂上にユウはいた。
「みんな無くなってしまったのよね。」
 ユウが見つめるのは旧厚木市の向こう。今は昔、東京も横浜も千葉も大宮も全て海の底へ沈んでしまった。一度目の大崩壊で人が住めなくなり、二度目の大崩壊で海の底へ沈んでしまった人工一千五百万人を数える都市群。
 その後、行政司法機関は松本第二新東京市へ、経済機関は箱根仙石原第三新東京市へ移転して現在へ至る。国府津近辺は米軍の軍港が横須賀から新たに移籍し、平塚近辺は新横浜港として新たな船の窓口となっていた。
 そう、外輪山から景色を眺めればはっきりと分かる。崩壊の爪痕と、かりそめの繁栄が。
「でも・・・、私は生きているんだ。」
 ユウはひとたび伸びをし、息を吸い込むと、崩れた建物のコンクリートの上に仰向けに寝転がった。第二次崩壊以来、信じられないほど奇麗になった青空では、今日も風に任せて雲が流れていく。
 ユウは目を閉じて、自分の過去に思いをはせる。伝わらなかった想い、忘れられない想い、そして新しい仲間たち。私は一人ではない。真の孤独などもうありえない、と。
「いつかは、行かなくてはいけない。広島へ。自分自身との決着をつけるために。」
 青空を見上げるユウ。その目には確かな決意があった。

 大阪へ向かうため中心部へと向かったユウに一人の女の子が話し掛けてきた。眼鏡をかけた長髪のおとなしそうな女の子だ。
「あのう、すいません。二の平へはどうやっていけばよいのでしょう。」
 その娘は、落ち着いた雰囲気を持った娘だった。ユウは不思議と彼女に引かれるような気がした。
「ああ、それなら・・・」
 ユウの目がふと娘の左手にとまる。娘は左手に封筒を大事そうに持っていた。
「それなら第三新東京中央駅から地下鉄強羅線に乗って彫刻の森で降りればいいよ。私も中央駅に行くところだから駅まで一緒に行こうか。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
 と、二人は並んで歩き出した。
「それは、手紙かな。」
「え、あっ、はい。私の・・・好きな人が・・・この街に住んでいるんです。」
 普段、ユウは必要以上に他人のことを詮索するようなことはしない。その娘の返事にも驚いたが、ユウは自分にも驚いていた。
「あ、やだ。私、何を言っているんでしょうね。初めて会った人に。」
 ユウがふっ、とかすかに笑みを見せる。
「そうか、君の想い人がこの街に・・・、君はどこから来たのかな。」
「私は、金沢からです。私の好きな人は、あちこちを次々と引っ越して、今はこの街に住んでいるそうです。」
 どこかで聞いた話だ。まさか・・・。ユウは大きくかぶりを振った。そんなことはない、単なる偶然だろう。
「そう、金沢から・・・。能登半島の先端でみた空と海は奇麗だったよ。いいところだね。」
「ありがとう。」
 娘は一言礼を言うと、かすかに微笑んだ。
 他愛も無い話をしているうちに、すぐに駅にはついてしまった。
「君の想い。伝わるといいね。それじゃあ、頑張って。」
「ありがとう。あなたはどちらへいかれるのですか?」
「私、私は仲間に会いに大阪へ向かうよ。」
「大阪・・・、ずいぶん遠くまでいかれるのですね。どうか、御気をつけて。」
「ありがとう、それじゃ。」
「はい、本当にどうもありがとうございました。」
 娘は、ぺこりとお辞儀をすると、地下鉄の改札へと駆けていった。
(星の導きがあれば、また会うこともあるかな?)
 ユウはそんなこととを考えつつ、とりあえず静岡行きの列車に乗るのであった。

「うわーー、エミルが、エミルがさらわれただってーー。」
 ユウは、挨拶をかねてBBS本部にも顔を出していた。といっても、中に入る勇気はとても無く、入り口で少し話し込んだだけだが。今までの話をしてユウが去った後そこには半狂乱になったM島がいた。
「落ち着け、M島。まだ何かあったと決まったわけでもなかろう。それにジャドウもついている。やつがへまをするわけはないだろう。」
「だが、相手が悪すぎる。ジャドーが捜査しているとはいえ、相手は分からないことだらけなのだぞ!!」
「だからって、我々にはどうしようもないだろう!!」
「いや、手はある。エミルのことならあいつに任せればよい。ちょっと待っていろ!!」
 と、ものすごい勢いで公衆電話へと駆けていくM島。当然BBSの電話は止められている。
「やれやれ、確かにユウよりはエミルの方が心配になる気持ちは分かるが、ありゃあどうかしてるなあ。」
 と、肩を落としため息を吐くJ月であった。

 その日の夕刻。新横須賀市の海岸。ぼろぼろの白衣を着た男が、イルカにまたがったウエットスーツを着た男と向かい合っていた。
「維力来たか。」
「おう、エミルがさらわれたと言うのは本当か?」
「ああ、行ってくれるか。」
「もちろんだ。俺は海の中なら誰にも負けない。このトライデントに賭けて。」
 男は右手に猛々しい三つ又の矛を持っていた。水の中で扱うには最適の武器である。
「そうか、難しいとは思うがジャドウと連絡を取って何とかやってみてくれ。」
「わかった。エミルのあの笑顔を曇らせはしない。」
「よし、任せたぞ。」
 こうして、維力は南へと向かっていった。沖縄の海でいったい何が起こっているのか、この時はまだ誰も知らなかった。


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