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FireEmblemマケドニア興隆記
暗黒戦争編
三章 予定された戦い
緑条城は例の負け戦以来、すっかり静かである。さすがに攻撃隊のムラク将軍もこれ以上の攻勢に出ようとはせず、マリオネス将軍は日々マチスの帰りを待ちわびていた。
そのような中で緑条城に一つの知らせが飛び込んできた。それは国王ミシェイルからの指示で、マチスという者を新しく仮に大将軍という地位に就けたのでムラク、マリオネス、ハーマインの三将軍の部隊はその旗下に入るようにとのことだった。当然、二人の将軍は非常に驚いた。特に、話の推移の見えていないムラクの驚きは尋常ではない。マチスはオレルアン侵攻軍の中ではかなり有名な存在だったので、ムラクも名前と人物についてのいろいろな噂は聞いていた。だが、そのような人物が将軍職の上位に来るとはだれも思わないだろう。そのようなことまで考えをまわす方がおかしいともいえる。
しかし、これはれっきとした事実だった。書面には確かにミシェイルのサインがあり、丁寧に背く者は厳罰に処すとも記されている。マリオネスはミシェイルがマチスの意見を支持し、それを実行に移すための方策を取ったのだとさとった。だが、ムラクの方はそう簡単にはいかない。
「なぜ、そのような得体の知れない者の下につかねばならぬのだ。わしは栄光あるマケドニア王国の将軍だぞ!!」
知らせを受けて初の軍議を開いたとき、ムラクは押さえ切れず激昂した。しかし、次のマリオネスの一言でムラクも黙り込むしかなかった。
「鎮まらぬかムラク!これは陛下の御意志なるぞ!」
これはマケドニア国王、ミシェイルの正式決定なのだ。臣下たる身である彼らには意見することはできるかもしれないが決定を自ら覆すことはできない。
マリオネスにもムラクの気持ちはよくわかる。仮にも国王以下、兵を束ねる頂点ともいえる将軍職にある身だ。相応の誇りをそれぞれ持っている。自分でもいきなり素性のわからぬ者を上官に据えられたとしたら、何事か、と意見すること必至であっただろう。
ミシェイルにはこの手のプライドは馬鹿馬鹿しく見えるばかりであった。実力相応のプライドであれば彼自身の身に憶えのあることでもあるのだから理解できる。だが明らかに彼らは実力よりもプライドの方が勝っていた。かろうじてまともに使える者が何人いるか……。だから、この人事に関しては自らの強権を持ってして絶対であることを強調した。恐らく同じ事をされればミシェイルとて何も言わないわけはないとミシェイル自身もわかっている。だからなおさらのこと強行する必要があった。
もっとも、ミシェイルはマチスに対しても大きく信頼を寄せていたわけではない。何分ミシェイルは結果的にマチスの妹を奪ったことになる。マチスが自分を快く思っていないことは会見の最初のやり取りで感じて取れた。
それでもミシェイルはマチスという若者がマケドニア軍の中で姿を現したことに素直な喜びを抱いていた。これまで、彼には安心して部隊指揮を任せられる者が存在しなかったのだ。オレルアン攻略戦において彼が出した過剰なまでの安全策は彼が部下を信頼しきっていなかったという事実の一端を示している。
ミシェイルはマチスの想像以上の力の片鱗を会見で、会議で垣間見た。ミシェイルが自分の作戦以上の作戦を編み出すことが出きる人物に出会えたのは国内では二人目だった。もう一人の人物、妹のミネルバは開戦以来、ミシェイルの指示には従うも自分から意見しようとはしない。それは、アカネイアと開戦したことに対してではなくもう一つ大きな理由に対してであったが、そのためにミシェイルは妹に判断させてもよいようなことまで自分でせねばならず、いささか疲労気味ではあった。
それらの状況が、ミシェイルにこの若者に賭けてみようと思わせた。ミシェイルの心の片隅にはこの若者が自分に害をなすようなことがあっても自分になら押さえ切れるという一種奢りにも似た判断があったかもしれない。要因が、要因を呼び、この決定となった。
ミシェイルは大きく賽を投げたのだ。ミシェイルは将軍たちを納得させるためにアイオテの盾すらマチスに託した。マチスがグルニアのカミユにも劣らぬような働きをすることをミシェイルは期待していた。
マチスが緑条城に帰還したのはミシェイルからの伝令が届いてから二日後である。マチスが緑条城を発ってからはちょうど十日が経過していた。早速マチスは二人の将軍を会議室に呼び寄せるとこれからの方針について簡単に説明した。
「ムラク、マリオネス両将軍。陛下からの書状にある通りご存知であるとは思いますが、これより御二方の部隊は私の指揮下に入って頂きます。実際には今までと同様、御二方には部隊の指揮をとって頂き、必要なときに私の指揮に従って頂くという形になるかと思います。それでは、これからの方針ですが……。」
マチスは彼の持つ作戦に関して、何度目かの説明をした。マリオネスにはもう既にわかってたことであるので今更何も驚くことはなかったが、ムラク将軍には驚くことばかりであった。
「ばかな、そのようなことが本当にできると思っているのか?」
ムラクは半ば興奮し、半ば狼狽したような感じで、やっとそれだけ言ってみせた。
「私はこの作戦のために陛下より大将軍に任命されました。準備を抜かりなく行えば、必ず成功するはずです。」
「しかし、そこまで状況がわかっているのなら城内で迎え撃つ作戦が取れるはずだ。何も城を明け渡す必要はないではないか。」
「この作戦の真の目的は終戦後のオレルアンに対する支配体制の確立にあります。まず、オレルアンの民衆に対しての希望をことごとく打破する必要があるのです。これはそのための作戦です。また、そのための許可も陛下から得ています。」
マチスは顔色一つ変えずそう言い切ってのけた。一方気おされた形のムラクはそれ以上は意見することができなかった。続けて、マチスはアイオテの盾を取り出して見せた。
「そ、それは……。」
ムラクの言葉がいっきに詰まる。さすがのマリオネスもこれには驚いたか、目を大きく見開いている。
「私は陛下からこの度の作戦について全権の指揮を任されました。このアイオテの盾はその証となるものです。これからの私の言葉は陛下の言葉であると考えて行動して下さるようお願い申し上げます。」
この十日間で何があったのかを二人は知らない。それでも以前のマチスを知っているマリオネスは彼が大きな決意の元に行動していることを感じ取っていた。
(それにしても……、陛下がアイオテの盾まで託されるとは尋常ではない。もともと王子の時代から陛下の考えに我々は大きく劣ることがあったが、いきなりすぎる。……それも陛下らしいといえばらしいが……。)
かたわらで未だ同様の隠せないムラクを尻目に、マリオネスはそう結論づけた。心の整理がつけば、気になるのは具体的な方策である。
「それで、我々はこれからどう動けばよいのだ。」
マリオネスの問いにマチスは一度だけうなずいて見せた。
「まず、両将軍には旗下の兵力のうち全ての騎馬隊をレフカンディの砦に移動してもらいたいのです。すでに、レフカンディのハーマイン将軍に受け入れの準備はお願いしてあります。」
「理由を……お聞かせ願いますかな。」
「今度の退却戦には騎馬隊は不要のものであり、また騎馬隊はその次の緑条城攻略戦において重要な働きをします。そのため、今回は騎馬隊を温存しておく必要があるのです。移動した騎馬隊はレフカンディにおいて統合改編され、次の緑条城攻略戦では私が直接指揮を取ります。」
「ハーマイン将軍にはもう話がついているのか。」
今度はムラクがうなっている。騎馬隊の件に関していえばムラクの方は現在半壊状態であるので特に問題はない。それでも両軍合わせれば七百は超える。
「それと、マリオネス将軍にお願いしてありましたこの城の地図の件はどうなりましたか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。一つの部隊に専門に任せてかなり詳細なものが出来上がっている。私も見てみたが、いいできだ。もちろん隠し通路のたぐいもいくつかは判明した。」
「それならばお手数ですがその図面を私の方までもってきてください。私は……、そうですね確か白狼の間があまり使われていませんでしたね。その部屋を今後私の執務室とします。そこまでお持ちください。」
緑条城は普段使われない客間などには狼にまつわる名前がついている。白狼の間もその一つだ。二人の将軍の執務室に比べるとだいぶ狭い。位置的にも結構奥まったところにあり、あまり使われてはいなかった。
「白狼の間……。どうせであればもっと広い部屋が空いているはずだが。」
「いえ、できれば今までの執務の流れを崩したくありません。臨時の執務室であれば白狼の間で充分です。」
「わかった。誰かに持っていかせよう。」
「それとマリオネス将軍にはもう一つお願いがあります。元私の部隊であったものたちを私の直轄部隊として動かしたいのです。」
「それはいっこうに構わない。どうせあの部隊は並みのものの手には余るのだ。お前が使ってやるのが一番だろう。」
立場が逆転しても言葉使いは元のままである。理解に感情が追いついていない証拠だ。もっとも、マチスがちっとも偉そうに見えないという原因もある。
「ありがとうございます。それから、退却戦に関してです。大まかな流れとしてはある程度の抵抗の後、玉座の間を中心とする緑条城の中枢を敵に明け渡し、その後はバラバラにレフカンディまで撤退して下さい。あまり整然とすると偽装が敵にばれてしまいます。それから当日玉座の間を守備する部隊ですが……。」
「それは私がやろう。」
「マリオネス将軍……。」
マチスの言葉を遮ったのはマリオネス将軍であった。
「しかし、将軍。これは一番危険な役目ですよ。」
敵は当然、城の玉座を目指して駆け上ってくる。いくら撤退を目的に行う戦いだといっても、いくら敵が少数だといっても、包囲殲滅される可能性は大きい。敵は城内の地理は知りぬいているはずであるから、的確に拠点を押さえてくることが予想される。
「そして一番重要な役目だろう。なあに、いままでもお主にはたくさん借りがあるのだ。ここは私を信用して任せてもらえないかね。」
「そこまでおっしゃるのならマリオネス将軍にお願いいたします。しかし、危なくなったらすぐに投降して下さい。この戦いに命を懸ける意味はありませんし、私にはまだまだ将軍のお力が必要ですから。」
「わかった。」
「投降の際には部下についても投降を促して下さい。アリティア軍やオレルアン軍は名目上、この大陸の秩序を取り戻すために戦っています。また今後のことを考えれば決して捕虜に対して粗略な扱いはできないはずです。この城で捕虜になったものは再び奪い返すことができますが、命を失ったものを生き返らせるわけにはいきませんから。」
「うむ。それも承知した。」
(確かに……普通であれば、虜囚となるのは死にまさる屈辱である以上にその扱いは敵の手にゆだねられる。極端な話、口減らしの為に難癖つけられ処刑されても文句は言えないところだ。だが、反乱軍から見れば虜囚と言えども粗末にはできない。してみればこいつの頭の中にはこれからの戦いの全ての情景が浮かんでいるのだろう。)
あいも変らないマチスの判断力にマリオネスはひとしきり感心した。それと同時にミシェイルがオレルアン国王夫妻を処刑しないでいつまでも幽閉しておく理由にも思い当たった。
(陛下も……そういったことを承知で彼らを生かしておいているのか……。あのお方のお考えはやはり私などには及びもつかぬのか……。)
「それでは、玉座の間を含めた緑条城内部の守備はマリオネス将軍に任せます。ムラク将軍は城外に陣を引き、反乱軍に対し警戒するような姿勢を取って下さい。もちろんこれは偽装で、反乱軍が城を落とした場合には各方面の門を全て開けきって撤退して下さい。」
「わかった。これが陛下の御意志であるなら従うよりあるまい。」
ムラクもしぶしぶではあったが承知した。常軌を超えて突出することがあるとはいえ彼も軍人である。一国の最高指導者がその国の象徴であるアイオテの盾を渡すほどの覚悟を決めて行った人事である。従わざるをえなかった。
「細かい作戦や指示は追って連絡しますが、何分にも敵の出方次第で戦いの日時は変ります。それに退却戦ともなれば隅々まで指示を伝達することは難しいでしょう。作戦の概要は今話した通りですので、明日敵に攻められても対処できるよう柔軟な姿勢で作戦にあたって下さい。それでは、これで会議を終了します。何か御用がありましたら私は白狼の間のほうにおりますのでよろしくお願いします。どうもご苦労様でした。」
「うむ。」
「作戦が上手くいくよう祈っているよ。」
最後に一言を述べたのはもちろんマリオネスである。マリオネスは大陸始まって以来の大きな戦になるであろう戦いを前にして年甲斐もなく興奮しつつあった。ひとまずの作戦の正否はマリオネスの動きにかかっている。マリオネスは執務室に戻ると城の地図の写しをマチスのところへ持っていかせるとともに、さっそく城内の兵員の配置の検討を始めた。
マチスは自分の隊の隊員を全員集めると、白狼の間をわずかな時間で彼にとってすごしやすい執務室に変えてしまった。クラインはマチスの意外な才能に驚かされることが多かったが、ここでもまた驚かされることとなったのだ。
「これくらいで良いだろう。クライン、みんな聞いてくれ。」
マチスの号令にこざっぱりとまとまった部屋の中に隊員たちが集まる。あまり広くはない部屋なのでこれだけの人数が集まると大変だ。
「皆も知っていると思うが、先ほど陛下に拝謁した際、私は作戦の認可を頂き大将軍として三人の将軍を指揮する立場となった。そこでだ、元我が隊の諸君にはマリオネス将軍の配下を離れ私の直轄部隊として動いてもらいたい。やってもらうことはいくつかあるが、人員の割り振りは私に代ってこの隊の指揮官となってもらうクラインに一任する。」
皆、クラインからある程度の話は聞いていたらしく、驚くものは少なかった。しかし、いつも以上にまじめに話を聞いている。マチスはいつもこうならばよいのだがと心の中では苦笑していた。
「さしあたってやってもらうことがいくつかある。まず、一つ目はある噂を流してもらいたい。緑条城の兵力が思いのほか手薄だという噂だ。この前の一戦で、貴重な騎馬兵力を失ったことが意外に響いている、とでも説明すればよい。さりげなく反乱軍の耳に入るようにすればよい。目的は反乱軍の油断を誘い、緑条城への攻撃を行いやすくすることだ。」
「へい。」
クラインが代表していつもの調子で答えた。口調はいつもと同じでも、態度は真剣だ。
「もう一つ。クラインから話しは聞いているとは思うが、緑条城を奪回する際、レフカンディでの包囲戦は三将軍に任せ、私自身が騎馬部隊を率い指揮するつもりでいる。この作戦は全くの奇襲であることが重要だ。そこでだ。今はもう忘れ去られてしまった街道の探索を行い、最低限馬が通れるように整備して欲しい。」
「忘れ去られた街道ってえのは……。」
「今の交通路であるレフカンディ街道はオレルアンが建国されてから開かれた物だ。それまで、オレルアンの南の森には誰も近づけなかったという。そのような時代に北方の部族と交易を行っていたのが、アドリア山脈を縦断する今ではもう名前も忘れられてしまった道だ。具体的には、パレスからグラへ向かうアドリア街道を峠付近で北に折れ、そのまま尾根伝いに続いていた道だそうだ。当時から騎馬を使った貿易の記録が残されているので騎馬隊が踏破することも可能なはずだ。この任務は最優先で行ってもらいたい。」
「へ、へい。」
クラインは半ばあきれてマチスの話を聞いていた。名前も分からない、もう何百年も使われていない山地の街道を復旧するなど雲をもつかむ話だ。
(隊長もよくもまあ次から次へと色々なことを考えるもんだ。こんなやっかいなことどうしろってんだ。)
クラインが考えたことは、多かれ少なかれ皆が考えていた。だが、マチスが考えたことは今まで彼らが手足となり、実現してきたのだ。いってみれば、その規模が大きくなっただけなのかもしれない。
「とにかく、この街道の整備は最優先事項だ。明日からにでもかかってくれ。そして、最高機密事項でもある。たとえ味方に聞かれたとしても話さないように。方法はクラインに一任する。必要な物があれば用意する。」
と、マチスはどこからかもってきたすでに資料でいっぱいの棚から一冊の冊子を取り出した。
「とりあえず、今まで、私がまとめた資料だ。時間が無かったからたいした物ではないがな。お前に渡しておく。読めないところがあったら事情を話してエリエスにでも読んでもらえ。」
「それは、わかりやした……。で、隊長はどうするんですかい。」
「私は撤退戦までにやることが多くある。とりあえずは両将軍と動きについて詰めていくつもりだ。そして、もう一つ。」
「はい?」
「緑条城の再奪回の際、いくら奇襲でも、城の兵力が手薄だとしても門を閉じられて城に立て篭もられてはちょっとやっかいなことになる。そこで、何人かこの城に残って、我々が再びここに攻めたときに手引きをしてもらいたい。我々が城にたどり着く直前に門が開け放されていることが理想形だ。これも、人選はおまえに任す。」
「へ、へい。」
ずいぶんとやることがたくさんある。隊長も人が悪いぜ、とクラインは心の中でひとしきりぼやいた。
「それでは、よろしく頼む。」
「わかりました。」
クラインはマチスに気づかれない程度の小さなため息を吐いた。それでも、その次には大きな声で号令を下す。
「おい、おまえら、さっさと兵舎に戻るぞ。明日から忙しいからな。」
クラインの一言で目が覚めたように他の連中も動きはじめた。誰もいなくなった部屋で椅子に座ったマチスも軽く溜め息をつく。これからが真の戦いの始まりであった。
アリティアとオレルアンの連合軍は、森の砦にて合流した後、これからの方策を模索するため情報の収集に全力をあげていた。主に活躍しているのはもちろんオレルアン騎士団である。
「申し上げます。マケドニア軍は城内の全騎馬部隊をレフカンディ方面に撤退させた模様です。理由は不明ですが、先ほどの敗戦に対して部隊の再編を行うためであると推察されます。また、そのため緑条城城内は思いのほか手薄になっているようです。」
報告を行っているのはオレルアン騎士団のザガロ、聞いているのはもちろんハーディンだ。その他に、マルスも一緒に聞いている。
「また、我々に対する警戒のためか、一軍が常時城下に待機し、臨戦態勢をとっております。反面、城内の守備は手薄と思われます。」
「わかった。ご苦労だった。ゆっくり休んでいいぞ。」
「はっ。」
ハーディンはザガロを下がらせるとマルスに向き直った。自慢の口髭をひとたびなでる。
「さて、マルス殿。この報告から、貴殿はどう思われたかな。」
「なんとも、つかみがたい話です。いくら、部隊が崩壊したからといって、目の前の戦いを前にして騎馬隊を全て帰してしまうということはありえるのでしょうか。」
「その話に関しては私も解せないのだが……。ザガロの報告を聞くまでもなくこの件は事実だ。現に騎馬隊の大部隊がレフカンディ街道を南下していったことを確認した者が大勢いるのだ。見間違えたりはせんだろう。」
「やはり、現有勢力で攻撃を行うのですか?」
「今の報告を聞いてはっきりとわかった。緑条城に駐留しているマケドニア軍の数は、占拠されて以来、綿密に監視を続けておるのだ。そうそう見間違えることはない。どうやら敵の半数は城下に布陣しているようだ。隠し通路を使って城内に進入し、いっきに玉座を制圧してしまえばたやすく勝てる。何より私は緑条城は知り尽くしているからな。」
ハーディンはなんの根拠も無しにこのようなことを言う人間ではない。マルスは多くの風聞が語る彼の人物像からそのようには思っていた。おそらくハーディンの言うことは正しいのだろう。
それでもマルス自身はとても悩んでいたのだ。この戦力差が余りにも大きい状況下でどのような行動を取ることが最良なのか。しかし、同時に外に援軍を求めることができない以上、わずかな機会を求めて攻撃を行うしかないこともわかっていたのだ。
「わかりました。今回の報告を聞いて、状況は大きく好転したと思います。いまだ辛い状況であることに変わりはないのですが……。ともかく、これ以上手をこまねいても状況が悪化する方の可能性が大きいのなら、この機会にかけてみましょう。」
さすがのマルスもハーディンの自信ある言葉に動かされた。そして、それが最善の選択であるとの結論も出していた。
「よし、そうと決まれば決行は早いほうがよいであろう。準備を間に一日挟んで明後日、朝の彼らが執務を始める時間帯に攻撃をかける。」
「執務をはじめる時間帯ですか?奇襲ならば夜明け前に強襲したほうがよいのではないのですか?」
「常識、ではな。だが、そうなると、我々はどこを押さえればよいかわからなくなる。昼間ならば司令官は通常、玉座で執務を行っているはずだ。で、あるから、我々としては敵が寝静まっているところの混乱をねらうよりも敵が執務を始めたときの混乱をねらったほうがよいのだ。」
「そうですか。そうですね。緑条城は公のほうがはるかに詳しい。この作戦の詳細は公にお任せしたいと思うのですが……。」
「うむ。その件は確かに承った。ついては、明日の朝一番で作戦についての軍議を開きたい。」
「わかりました。私のほうでもそのように伝えましょう。」
結論が出たところで二人は別れた。これからは急がしい。そして、二日後には彼らの命運は決まってしまうのだ。未だ16才という若年であるマルスに、緊張するなと言うのは難しい注文である。
「マルス様?」
そんな状態だから、話し掛けられたとしても一回では気づかなかった。
「マルス様?……マルス様ったら!!」
「うわっ。びっくりしたあ。シーダか。驚かすなよ。」
マルスに話し掛けたのはシーダ。タリスの王女である。まだ、年は14だが、れっきとしたペガサスナイトだ。この軍にはマルスを慕って半ば無理矢理ついてきてしまったのだが、今ではすっかり周りになじんでしまっている。
「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったの。何か深刻そうな顔をしていたから心配になって。」
「ああ。ついに緑条城への攻撃が決まった。明後日だ。」
「本当ですか!?」
「オレルアン騎士団のザガロの報告と状況の推移から判断した上での決定だ。王族の者のみが知る隠し通路を利用し、玉座のすぐ近くまで侵入。一気に制圧する作戦だ。」
「マルス様……。」
一瞬にして心配そうな顔に変わるシーダの頭を、マルスは軽く叩く。
「なあに、ハーディン公も十分勝算があっての判断だろう。心配はいらないさ。もっとも、今回は少数での作戦になるから君は連れて行けそうにはないが……。」
「でも……。」
なおも、心配そうなシーダにマルスはその顔を覗き込んでこういった。
「なあに、僕はまだこのようなところで死ぬわけにはいかないんだ。絶対大丈夫さ。約束する。」
「はい。必ず。約束ですよ。」
どうにか、不安を取り除けたようだ。シーダの声がかすかに明るくなった。
「よし、それでは皆のところへいこうか。皆にもこのことを知らせないとね。」
「はい。」
二人は並んで歩き出した。普通に見れば、彼らは若い恋人達にしか見えないだろう。しかし、常人には考えられないような重責が彼らにはかかっているのだ。
「来ましたか。」
白狼の間にその知らせが届いたのはマチスがその椅子に座ってから一刻とたたない間だった。玉座の直下のフロアに反乱軍が突如として出現し、マリオネス将軍の部隊と激しく戦っているという。
「クライン。我々も出立しましょう。まずは厩まで行きます。これを持ってきてください。」
「へいへい。そいじゃ、行きますかね。」
戦闘が始まっているというのに二人は落ち着ききったものであった。クラインは傭兵時代から戦場を棲み家にしていたようなものであるが、マチスも開戦以来の戦いを潜り抜けて大きく変わったものであった。もっとも、もとから多少のんきな性格がある所為でもある。
「お前達も早く行きなさい。必ずレフカンディまで来るのだぞ。」
まだ、部屋に残っている直属の兵に対してそう言い残すと、マチスは白狼の間を出た。彼がこの部屋で執務を執っていたのはわずか一週間あまりであった。
厩まで行くと、すでにエリエスが準備を終えて待っているところであった。彼女以外の後方支援部隊は騎馬隊の前に最低限を残してすでに撤退させてある。彼女は馬を扱えるので、クラインと共にマチスに随行するようマチスが指名したのだ。
「マチス様。早く参りましょう。」
エリエスは開口一番そう言った。これでも彼女は結構あせっているらしい。後方支援部隊は実戦を経験することはないのだから無理も無いことだ。
「まあ、そう慌てるな。まだ時間はある。」
そう諌めながらもマチスとクラインは騎上の人となる。そして、おもむろに手綱を振るった。
「よし、レフカンディまで駆け抜けるぞ。」
「はい。」
「へい。」
それぞれから、それぞれの返事が聞こえた。マチスは相変わらず背中にアイオテの盾を背負ってはいたが、これを見ただけでアイオテの盾だとわかるような者はこの先にはいない。城門を出る三人を気に留めたものはいなかった。
「ロジャー!!戦況はどうなっている!!」
ムラクの怒声が響く。知らせを受けた後、ムラクは自分の隊から二隊を城内に向かわせ戦況を伺っていた。
「はっ、現在、敵は一階から二階への通路を全てふさぎ、交戦中です。戦線は小さく膠着状態です。」
「むむむ。ここまでは予想通りといったところか。敵にはこちらの意図は見えまい。よしっ。予定通り外側の隊から全体の半数を三人づつ出発させろ。目標はレフカンディだ。」
「はっ。」
ムラクの周りは時折あわただしく伝令が走るものの、いたって平穏で、場内で激しい戦いが繰り広げられてるさまは想像できない。ロジャーは伝令にムラクの指示を伝えて回り、再び伝令は走っていった。
(マリオネスも貧乏籤を引きおって、なんであんなのに肩入れするんだか。まあよい。こちらはこちらでさっさと退却するとしよう)
数刻後、一騎、また一騎と城外へ出て行く兵達がいた。退却するルートは綿密に準備されており、ほぼ全軍をこの作戦に参加させている反乱軍に気づかれるおそれはほぼ無かった。その上に、ムラクは偽装として半数を城内に残し、断続的に城内に攻撃を掛けている。反乱軍は数の優位が無いだけに必死であり、敵が退却するために戦っているなどと思うものはだれ一人としていなかった。
「マリオネス将軍。第三線を突破されました。間もなく敵が来ます。」
「そうか、ご苦労だった。」
この戦いで、何人の者が命を落としたのだろう。マリオネスはそれを思い目をつぶった。階下の喧燥はすでに音に聞こえるようになっている。叫び声、罵声、怒声、金属の触れ合う音、そして時にはすすり泣くような声。そう、確かにここは戦場なのだ。
(この感じ、久しいな。この戦っているという実感。そして、生きているという実感。皆、なるべく無事であれば良いが……。)
彼の考えを打ち破るように玉座の間の入り口の兵をなぎ倒し、入ってきた者達がいる。その中で一際目立つマントをつけた男。頭にターバンを付けた男が前に出た。
「名のある武人とお見受けする。我等が城、返して頂く。」
そう、玉座に座るマリオネスをはっきりと見据えたまま男は言った。
「私は、マリオネス。マケドニアでは将軍職にある。……名を、聞いておこうか。」
「我が名はハーディン。オレルアン王弟にしてオレルアン草国騎士団長。」
「ほう。」
マリオネスはしばし嘆息した。
(この男が草原の狼と呼ばれるハーディンか。確かに良い目をしておるわい。)
「降伏するのであればよし、さもなければ……」
ハーディンの言葉を最後まで聞かずともマリオネスは剣を投げ出した。
「何の真似だ。」
意表を突かれたハーディンが問いただす。
「見ての通り、我々は降伏する。おい、お前達も剣を手放せ。」
マリオネスの言葉で彼の側近達も剣を投げ出した。
「これは、名だたるマケドニアの将とも思えない。」
「何故だ。もはや戦いの趨勢は見えた。これ以上は犠牲を増やすだけだ。その方達も楽で良いだろう。丁重な扱いを期待しているよ。」
マリオネスのいうことは的を射ていたし、ハーディンとしても今戦って犠牲を増やすことが得策ではないとはわかっていた。マリオネスの視線はまっすぐにハーディンを向いていた。
「分かった。投降を受け入れよう。その代わり、戦闘の終了宣言と残っている部下に降伏勧告を行ってもらいたい。」
「了解した。」
短いやり取りであったが、マケドニアにこのような考えをする者がいようとはハーディンは思ってみてもいなかった。いざ、戦いとなり、虜囚の身になれば何をされるかは相手次第だ。戦わずに好んで虜囚となる者はほとんどいない。
事実、これまでの戦いには必要以上に死者が多い。特にドルーア直属の部隊は戦意を持たない者に対しても容赦が無く、それを恐れたアカネイア軍からは逃亡者が絶えなかったほどだ。
「ドルーア帝国は強大な竜人族の国です。人心を掌握する必要はなく、ただ恐怖で押さえつければそれで国家として機能します。竜人族に逆らえる人など、竜人族の総数ほどはいないのですから。しかし、アリティアやオレルアン、そして我等がマケドニアではそうはいきません。戦争が終わった後、大陸を再興しなければならず、それには自発的な民衆の協力が不可欠です。少し前の時代なら知らず、現存する国家で人が治めている国に投降する事はさほど危険ではありません。もし、そのような行いをする国家であったとしたら、今まで生き残っているはずはないからです。」
マチスは、戦い抜かず、投降することの意味について下士官にはそう語った。
「ただし、ドルーアと同じように強力な中央集権体制が整っている国家では危険性があります。ですが、そのような国家はドルーアとドルーアに完全に隷属する形になっているグラ、そして、ドルーアの参謀とも言えるガーネフのカダイン、この三つのみです。マルス王子やハーディン王弟が反乱軍ではなく、解放軍として人心を集めるためには、捕虜に対する厚遇は必要不可欠な要素なのです。」
また、マチスは、ミシェイルがオレルアン国王夫妻を生かしておくのも、その為だろうと自分の考えを説明した。
それでも尚、二、三人の下士官は不服そうであったが、大将軍であるマチスの威厳には屈しなくともマリオネスの絶対の命とあれば従わない訳にはいかなかった。
結果として、第二次緑条城攻防戦は、驚くほど短時間で終結した。その間に、マケドニア兵は八割が脱出に成功し、傷ついた者、戦死した者はマリオネス配下のわずかな者だけであった。もちろん、皆無という訳にはいかなかったのだが・・・・・・。
緑条城の奪回と、国王夫妻の無事、そしてハーディン王弟、マルス王子、ニーナ王女の姿に、城下は沸き返った。オレルアンの緑条城落城から半年強、もはや絶望的と見られていたオレルアン全土の復権がここに叶ったのだ。加えて、アカネイア王国のニーナ王女の無事ももたらされたのだ。
「ハーディン、マルス、おめでとう。これで大きな足がかりができましたね。」
「これも全てあなたのためを思いできたこと。」
と、ハーディンはニーナのねぎらいにいつになく生真面目に答えていた。
「ですが、これからがまた大変です。この度の一歩は大きな一歩ですが、まだ、最初の一歩でしかありません。」
「その通りです。まずはパレスの解放がとりあえずの焦点となりましょう。」
そばにじっと控えていたマルスが無言でうなずく。ニーナは何を思ったか、ふと立ち上がり窓辺からはるかな彼方を眺めた。
(パレス・・・あの方はまだパレスにいらっしゃるのでしょうか・・・。)
「どうなされましたかな、ニーナ様。」
ハーディンはそのような様子にも悪びれも無くニーナに声を掛ける。
「我らをここに招いたという事はなんらかのお話があったのでは。」
ニーナは複雑な笑みを浮かべ振り返る。
「ええ、これからのことですが・・・、今、オレルアンを取り戻し、私達は大きな力を得ました。そして、これからもまた戦っていかなくてはいけません。」
「はい、仰せの通りです。」
ニーナはふう、と一区切り息を吐くと一息に言った。
「これからの軍の全体の指揮は、どちらが取られるのですか。これから、大きな組織になると二人が同じ位置で指揮を取るわけにはいかないのでしょう。」
ハーディンは思いもよらぬ質問に少々驚いていた。いつか、マルス王子と話さなければならない事とはいえ、王女の口からその言葉を聞くとは思わなかったからだ。
「そのことについては、私はかねてよりマルス王子にその役割をお任せしたいと考えておりました。」
「えっ!」
今度は驚くのはマルスの番であった。
「そんな・・・、私はまだまだそんな器ではありません。どうか、ハーディン殿が指揮を取られてください。」
と、即座に答えた。マルスは全軍の指揮をとるとなればハーディンしかいないと思っていたのだ。
「まあ、ちょっと私の話を聞いてみてくれ。我が、オレルアン王国はアカネイア王家の分家でもある。だが、マルス王子はれっきとした英雄アンリの血筋を引いている。私としては、この際王子の能力はあまり問題ではないのだ。特に今回はあのメディウスが相手なのだ。アンリの血を引く物が指揮を取っているとあれば、自然と士気もあがろうというものだ。それに、王子はそこらへんの将軍よりも数段優れた戦術のセンスを持っている。あの、マケドニアの騎馬隊を壊滅させた手並みはまだ覚えているぞ。」
「ですが・・・。」
渋るマルスを今度はニーナが説得した。
「私からもお願いします。マルス王子。あなたにこのような重責を押し付けるのは心苦しいのですが……。もはや、アカネイアの為とは申しません。この大陸の人々の為にお願いできませんか。」
「何、そんなに気負いこむ事はない。例えば、私などは悪く言えばマルス王子の名前を利用しようとしているだけさ。だが、この戦いは勝たなくてはならない戦いだ。やるからには全力で協力させてもらう。」
二人の注目を浴び、マルス王子はひとしきり考えた。
「わかりました。私も、打倒ドルーアの誓いのもと二年間耐えて来たのです。どこまでやれるかはわかりませんが、その役目、引き受けさせていただきます。そして……」
と、顔を上げ、ひとしきり呼吸を入れる。
「そして、この戦いに必ず勝ちぬきましょう。」
と力強く言いきった。
その力強い意思を感じ取り、ハーディンは近い将来のパレスの解放を確信した。
「それでは、マルス王子、あなたに渡しておく物があります。」
と、ニーナは大きな金色の盾を取り出した。中央には大きく炎の紋章が描かれている。
「それは、…盾…ですか?」
ニーナは一度うなずいた。
「これは、アカネイア王国の初代国王の時代から伝えられているといわれる紋章の盾。『ファイアエムブレム』です。アカネイアを代表して大陸の人々の為に戦う者の証です。これをあなたに預けましょう。」
と、ニーナは盾を差し出した。マルスは跪き、うやうやしくそれを受け取る。
「どうやら、なすべき事は決まったようですな。まずは、我々の存在を大陸に知らしめ、兵を集める。訓練を積み、戦えるようになったところでパレス奪回ですな。」
「忙しくなりそうですね。それに、ドルーアに力を貯めさせるわけには行きません。なるべく早い段階に討ってでないと。」
「そうだ、その見極めは慎重に行かなければならぬ。」
「ハーディン公から慎重などと言う言葉が出るとは意外ですね。」
「おっ、冗談を言える余裕があるのか?大丈夫そうだな。」
二人のやり取りをニーナはかすかに微笑みながら見守っていた。
「そうか、緑条城が落ちたか……。ご苦労だった、下がって良いぞ。」
ミシェイルはマチスからの使者に一言礼を言い、下がらせた。作戦の事はミシェイル以外であればハーマイン将軍、ムラク将軍など、極一部の軍上層部が把握しているに過ぎない。だから、国民には純粋に負け戦としてこれを知らしめなくてはならなかった。
(さて、ここからが正念場だ。あの男にどれだけの事ができるのかじっくりと確かめさせてもらうとしよう。)
と、ミシェイルはふと目を閉じる。レンデルなどの側近は未だその姿をただ恐れるばかりであった。