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FireEmblemマケドニア興隆記
 幕間編
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十章 漸進

 その日、マチスはミシェイルから確かに聞いたのだった。
 ドルーアに対抗するため、ニーナを、マルスを、ハーディンを味方としたいと。

 マルス達、アリティア、オレルアンの残党探しは、オレルアン緑条城に駐留することとなったマチス直属の、クライン隊にてほそぼぞと続けられていた。また、伝令役としてオレルアンへ駐留することとなったカチュアにも探索をしてもらうよう依頼がなされていた。発見した場合には秘密裏に接触を図るべき相手であるため、マチスはそれ以上の探索要員を設けるようなことはなかった。
 マチスからクライン隊へそういった依頼が出るのはごく当然の成り行きであったが、カチュアへの依頼は少し毛色が変わっていた。もともと、広い範囲からあるていど大きなものを探すのであるから、ペガサスを使って空から探索を行うということはいたって理にかなっていることだった。しかし、マチスが秘密裏にすべきことを全て話した上でカチュアに探索を依頼したということは、マチスが今までのカチュアの働きを見てカチュアという個人を信頼したことに他ならなかった。
 本来であれば、マルスやハーディンの首には懸賞がかけられてしかるべき状況ですらあるにも関わらず、そういったことも一切なかった。しかし、そこまで考えるものもまたいなかった。ドルーア帝国から残党探索の手配りがぬるいといったような指摘も発生しなかった。
 マケドニアとドルーアの間にはそれ以上に大きな問題が湧き上がってしまったため、ガーネフにも警戒しなければならなかったドルーアにはそこまで考えをまわすものがいなかったのである。その問題とは、マケドニアからドルーアへアカネイア王家の最後の生き残りであるニーナ姫を護送していた際に、何者かに奪い去られたという事件が発生したことだった。
 これは、裏ではミシェイルがグルニアのカミユに諮ってわざと奪い去らせたものである。ニーナ姫はドルーアに引き渡され次第、ドルーアの都で処刑されることが決定しており、反ドルーアの象徴を奪い去られこれを果たせなかったことは、大きく問題視された。
 ミシェイルはこのことについて計画的であった。ニーナ姫が無事逃れた報告をマチス直属の部下となったクラインの手の者から聞くと、すぐさまドルーアに対し先手を取った。ニーナ姫を奪われたことは全てマケドニアの落ち度であり、全力を尽くして捜索に当たることをまずは確約した。その上で、今回の不手際は、先の戦いの結果にて多大な褒章を頂いたにも関わらずそれを果たせなかったといい、アカネイア王国サムスーフ領以北のオレルアン、タリスの地をドルーアへ返還する用意があると申し立てたのである。
 これは、ドルーアではこれらの地を自分で支配したがらず、マケドニアに治めてもらいたいと考えているであろうことを予測したミシェイルとマチスの遠謀からでた行動であった。これらの地域はドルーアでの戦勝会談の後、マケドニアにもたらされたものである。マチスは、会議の空気から、ガーネフに力を与えない為、ガーネフの恩賞とすべき地域をマケドニアに与えたものと考えた。それは、それで正しい洞察であるとマチスは確信していたが、ドルーアが直接支配しない理由についてまでは考えが至らなかった。ドルーアの竜は絶大な力を持っているのであるから、人々を直接支配することが可能であるはずだとマチスは考えたのだ。
 そのことの答えは、かねてよりドルーアの情報をくまなく集めていたミシェイルからもたらされた。その理由は、ドルーアの支配階層とも言える竜人族が広大な大陸を支配できるほどの個体数を有していないことにあるのだと、マチスは聞かされた。また、ドルーアは同盟国とはいえカダインのガーネフとお互いに警戒しあっている。そして、ドルーア内部の意見も統一はされていない。メディウスを始めとする竜人族は百年の眠りから復活したわけだが、半ば無理やり復活させられた部分もあるという。
 ミシェイルがこれだけの情報を集めていたことはマチスにとって驚きであったのだが、そういった理由でドルーアは極わずかな部分しか積極的に統治しようとはしていなかった。中でも最もドルーアが重要視していたのはアカネイアパレスと、アリティアの支配であり、オレルアンやタリスの地、さらにはマケドニアすらも辺境の地であるとしか見ていない節があった。
 このため、ドルーアはマケドニアが捜索をすることを確認すると、それ以上の申し出については自ら申し出たことを殊勝な心がけであると逆に褒め称えた。もっともただでは済まず、マケドニア側から毎年千人の労働力を無償でドルーアへ送ることとなってしまった。国民に辛い役目を背負わせることになってしまったのはミシェイルの誤算であったが力を蓄える為その申し出は受けざるをえなかった。
 ニーナを捜索することについては、もちろんマケドニアは真剣に捜索を行おうとするようなことはしない。ミシェイル直属の竜騎士団とマチスの直属部隊が探す"ふり"をしただけである。それでも国王直属の騎士団と、大将軍となったマチスの直属部隊が直接動いたことで、対外的なポーズは取れていた。
 唯一、この決定に不服であったのはガーネフであったのだが、ミシェイルやマチスはそうであろうと考えたもののガーネフがその考えを表に出してくることはなかった。ミシェイルとマチスが考え出したこの対応策は、メディウスのドルーアがマケドニアの申し出を却下した上で、ガーネフとの関係を悪化させることも狙っていたのだが、その結果はミシェイルやマチスにはわからなかったのである。
 しかし、ガーネフはメディウスが執拗に要求していた聖剣ファルシオンの引渡しを拒否する理由の一つにこの話を使っていた。ガーネフはこの大戦が終わった時にろくに褒賞をもらえなかったことを理由にファルシオンの引渡しを拒否しており、半ばガーネフを警戒しているメディウスはこのことだけには慎重な姿勢を示していた。聖剣ファルシオンはメディウスに対し確実に有効な唯一の武器である。切り札として取っておきたいガーネフと、早く手元に置いておきたいメディウスとの間で細かい牽制が行われていた。
 戦争が終わり、表面上では平和になったとはいえ、水面下での動きはこのように激しかった。このため、敗残兵の行方などまともに気にしているのはマケドニアのみであった。
 しかし、探索を任されたクラインの部隊と、カチュアはたまったものではなかった。マチスの部隊が捜索を行っている以上、マチスは捜索隊にかならずマルス達を見つけてもらわなければならなかったからだ。彼らは連絡を密に取りながら、探索の完了した地域に確認をつけていった。カチュアが伝令を引き受けることはほとんどなく、それでもカチュアはあちらこちらを飛び続けた。マチスも忙しい合間を見ては、彼らをねぎらっていた。

 オレルアンでは冬が過ぎて春が訪れ、遊牧民達が再び移動を始めようとしていた。マチスによるオレルアンの統治は、まだ機能しているとは言いがたかった。ようやく、オレルアンの実情を把握しだし、一つ一つ組み立てなおしていると言ったところであった。連日、驚くような忙しさの中にあったマチスであったが、決して焦ってはいなかった。
 年が明ける前にはミネルバが出奔したことと、パオラが白騎士団団長に就任したことがオレルアンにも伝えられた。二つの知らせはカチュアをとても驚かせた。カチュアにとってミネルバの出奔は確かに大きな衝撃であったが、姉が白騎士団団長として慣れない激務の中にいることを考えると、カチュア自身もがんばらないわけにはいかなかった。
 そんなある日、カチュアはついにマルス達を発見したのだ。
 ちょうど、サムスーフ山を回る周回を飛んでいた時のことだった。山腹に光るものを見たカチュアは正体を確かめるべく、低空へとペガサスを滑らせた。そこには、剣の素振りをしている少年がいたのだ。くたびれてはいるが、立派な服装をしているその少年を見て、マルスであると思ったカチュアは、気づかれないように木々の奥へ静かにペガサスを着地させようとした。
「誰だ!」
 しかし、そうは言ってもペガサスの着地をそうは簡単に隠せるはずも無く、少年はそう言いながらカチュアの方に向き直った。
 カチュアは、別段慌てることも無く、彼の前へと降り立った。
「アリティアのマルス王子とお見受けします。」
 少年は、大きく驚愕の表情を浮かべた。降りてきたのは、青く光る髪を短く切りそろえた、少女であった。だが、他とはと言えば姿かたちも、身につけているものも、その身のこなしすら異なる。それでも、少年は思い出さずにはいられないことがあった。
「……ペガサスナイト……。」
 少年は、そのようにつぶやいた。
「私は、マケドニア白騎士団所属のペガサスナイトで、カチュアと申します。」
 少年は我に帰ったように剣を構えた。
「……マケドニアの者が何用なのか。」
 カチュアは少年が警戒の態勢を取ったことで、少なくともこの者が反乱軍の残党であると確信した。
「マルス殿にあらせられますか……。我々は、あなた方へ危害を加えるつもりはありません。あなた方を追い詰めるつもりはありません。」
 あくまで礼の姿勢を崩さないカチュアに対して、少年は剣を収めた。
「……そう。私が、アリティアのマルスです。……マケドニアが私のような敗残の兵にどのような用件があるというのですか。」
 マルスが案外素直に自分をアリティアの王子と認めたことに、カチュアはほっとしていた。
 一方、マルスの方でも根拠もなしにカチュアを信用したわけではなかった。アカネイア解放軍がレフカンディで崩れてから半年、マケドニアの追求が意外なほどに鈍いことはマルスたちも不審に思っていたのだ。ハーディンやマリクとも話していたことなのだが、マケドニア側に何らかの思惑があるのだろうという結論に達するのみであった。
 マルスはまずマケドニアの考えが知りたかったのだ。だからこそ、カチュアの話を聞く気になったのだ。
「……マルス殿。陛下と大将軍閣下より書状を預かっております。まずは、これをご一読ください。」
 カチュアはマルスへ二通の手紙を渡した。手紙は大事に扱われていたようであるが、長く持ち歩いた為であろう、かなり皺が入った状態で、色も綺麗ではなかった。マルスは、その手紙を大事に受け取った。
「マルス殿。今日のところはこれにて失礼いたします。まずは、その書状の内容をお連れの方々と吟味なさってください。……私は折に触れ、この近辺へ参ります。」
 マルスが手紙を受け取ったことを確認すると、カチュアはそう一礼しその場を去った。残されたマルスは、実に複雑な表情をしていた。
 その日、カチュアはマチスへ、マルスと思われる人物と会うことができ、書状を手渡したことを伝えた。マチスはそのことを聞くと、念のために予備の書状をカチュアへと手渡した。
 カチュアの報告から、マチスは、カチュアが会ったのはほぼ間違いなくマルスであると考えていた。確実な情報となる紋章の盾こそ持っていなかったが、ミシェイルから聞いたようなマルスの特徴とほぼ合致していたからだ。だが、書状の内容は一度ドルーア側へ漏れればすぐにドルーアとマケドニアの全面戦争になるようなものばかりであった。書状は、クラインとカチュアのみしか携帯していなかったものだ。書状が渡された者がマルスであってもそうでなくても、大変なことになることは間違いはなかった。

「ハーディン、どう思う?」
 マルスは当面の潜伏先となっているサムシアンの元アジトにて、皆にもらった書状を公開した。
「マケドニアが、ドルーアを討つというのか……。確かに、この書状はマケドニアのものだ。」
 いつもは食堂に使われている広間の一室。そのテーブルの上に二枚の手紙は広げられていた。ハーディンはそこに印された文様を指し示した。
「こちらは、マケドニアの印章とマケドニア国王の印章だ。私は何度か見ているので覚えている。マケドニアの印章はこちらにもあるが……この印章は知らぬな。」
 ハーディンはまず先にミシェイルからの書状を指し、次にマチスからの書状を指した。マチスの書状にある印は、マチスの地位がマケドニアでミシェイル、ミネルバに次ぐものであることを示す大将軍の印である。マチスが大将軍に就任した後、ミシェイルが定め、マチスに送ったものだった。マチスは、この印章と引き換えにアイオテの盾をミシェイルへ返還している。マケドニアについては全土の役人に印章の布告が行われたが、マルス達が知らないのは当然であった。
「……マルス殿……マケドニアがドルーアを討とうとすることはわからないではない。マケドニアもドルーアに苦しめられ、その上にようやく独立を果たした国であるのだからな。だが……書状にあることはどこまでが信用できることであるのだ。」
 書状に書かれておいることは多種多様なことであり、ほとんどがマルス達に取ってみれば嬉しい情報であった。
 オレルアン王国の国王夫妻、タリス王国の国王夫妻は健在であること、さらにニーナ姫が健在であることなどが書かれていた。ニーナ姫がカミユに保護されていることも書かれている。また、ファルシオンはガーネフが持っており、カダインにあるであろうことなども書かれていた。
 そして、その上でマケドニアがドルーアに戦いを仕掛けるときには協力してほしいということ、当面の必要な物資は緑条城より提供することが記されていたのだ。
「直接……会いに行くのが早いのではないのですか。マチスという人に。」
 そう言ったのはマリクだった。それまで話を黙って聞いていたレナが、はっと顔をあげた。
「それは、あまりに早計にすぎる。」
 ハーディンは即座にその言葉を否定した。マルスも同じ考えと見て取れた。
「彼女……ペガサスナイトのカチュアはとにかくももう一度こちらへ来ると言っていたのです。それまで、考える時間はあるでしょう。」
 マルスは、そう答えた。
 マルスの一行は、皆、迷いに迷った。マルスは、メディウスをどうにかしなければならない必要性を強く感じつつも、マケドニアのことを許す気にどうしてもなれないでいた。マケドニアと非常に長い間戦ってきたオレルアンの騎士達も理由こそ違えど同様だった。それとは別にハーディンはニーナ姫が無事であるという事実に心を揺り動かされていた。
 客観的に見ると、マケドニアのオレルアン統治が安定した良いものであったことも、彼らに影響を与えていた。
 アカネイア解放軍がアカネイアパレス解放の軍を起こす際に、オレルアンの民衆はかなりの無理をして物資を軍へ提供した。解放軍は民衆から物資の徴発を行うことは無かったが、ニーナ姫の無事が確認され、マルスとハーディンの二人がドルーアに対する兵を挙げるにあたって、緑条城は熱病に冒されたようなありさまだった。
 解放軍がレフカンディに敗れ、マチスがいざ緑条城の倉を空けてみると、ろくに物資などは残っていなかった。市井に取っても同じようなものであった。かの戦いがあったのは秋であり、収穫の早い穀物はすでに解放軍の物資となっていた。
 このため、マチスはオレルアンを長期占領する為の税制を確定させる一方で、その年の税については常識的に税とするような量の三割程度に抑えざるを得なかった。市井の財政の調査から、民衆がある程度の余裕を持って冬を越す為にはそれくらいが限界であると弾き出したのだ。
 残りの食料は、レフカンディ、マケドニア本領より不足分をもらい、それでも足りない分はノルダとワーレンで買い付けた。マチスが大将軍となって始めての冬は、こうした激務によって終始したのである。
 その分、オレルアン民衆のマチスに対する評価は高かった。このマチスの手腕にはハーディンや、マルスにも驚くべき点が多くあった。
 マケドニアに迎合すべきか。立場が変われば当然視点も変わる。マケドニアの貴族たち、諸将はマケドニアが早々にドルーアと同盟を組み、またドルーアとの共同戦線を戦うことが無かったということもあって、ドルーアの残虐さを知らない。そうなると、恨みつらみがつのっているアカネイア王国が悪いという結論を曲げようとはしないだろう。
 アリティアのマルスから見れば、滅ぼすべきはドルーアのみであり、グルニアやマケドニアは滅ぼすことまではしたくはない相手だ。一方で、オレルアンの方では過去にいくつもの確執があったとしても基本的にアカネイアを崇拝していた。そんなオレルアンに取ってみればドルーアの同盟国は全て敵である。

 葛藤が続く中、カチュアが二度目の訪問に訪れた。その席にはハーディンも臨席した。頭に独特のターバンを巻き、ろくに動かせなくなってしまった右手を力なく落としているその姿を一目見て、カチュアはそこにいる男性がハーディンであることを確信した。
 二人は、カチュアを自分達の現在の住処へと案内した。カチュアから見ても隠れるに実にふさわしい場所であった。もともと、サムシアンという山賊の拠点であったと説明され、カチュアも納得した。
「マルス殿、あなたに見せていただきたいものがあります。」
 食事を取る間に通され、落ち着くまもなくカチュアは切り出した。
「あなたを疑うわけではございませんが、事は大陸の行く末を左右する大事です。大将軍閣下からもきつく言付かっておりますゆえ。」
 いきなり切り出した割にはカチュアの言い回しは遠かった。
「……『ファイアーエムブレム』ですかな。」
 ハーディンが気がつくままに、口に出していた。
「はい……。ニーナ姫がマルス殿へ託した紋章の盾、『ファイアーエムブレム』を見せていただきたいのです。閣下からも、本来であればアイオテの盾を持ってこちらの身分を証明しなければならないところだが、あれは陛下にお返ししてしまったためご容赦願いたいと……。」
 マチスや、オレルアンの人々から、紋章の盾の重要さを常々聞いていたカチュアはこのことに対して大いに恐縮していた。しかし、マルスは笑いながらわかりましたと言うと、席を外してしばらく、紋章の盾を手に現れた。
 盾は、とても重そうに見えた。マルスが使うとすればかなり大き目の五角形をしていた。材質はよくわからない。まさか、金でできているということはないだろうが、黄色く鈍く光っていた。表面には竜をあしらった彫刻が施されており、宝玉か何かがはまっていたのであろうか、五つの丸いくぼみが外郭の五角形の頂点と同じように五角形に並んでいた。中心には「ファイアーエムブレム」の由来であろう、燃え盛る炎の意匠が施されていた。
 カチュアはその盾を長い間、凝視していた。ハーディンは気が気ではなさそうであったが、マルスは落ち着いてカチュアを見ていた。
 しばらくしてカチュアは、
「……ありがとうございます。」
 と、一礼した。それが皮切りになって、さっそくハーディンが話し始めた。
「さて……書状は見せてもらった。しかし、急な話であることには変わりない。ここにいるのは、解放軍を指揮するものの中でも中心的な立場にあった者達だけ……まあ、一部例外もあるのだが、そのような者達であるので全員に手紙の内容のことは知らせた。それでも、正直、反応は芳しくない。半年の隠遁生活で判断力が鈍っているのかもしれないが……それにしても突拍子のない話であるのでな。」
「ハーディン殿であらせられますか。」
 と、カチュアが尋ねて、改めて三人は紹介もしていないことに気がついた。
「……ああ、すまない。自己紹介がまだだったな。私がオレルアン国王の弟で、ハーディンだ。して、貴殿は?」
「マケドニア白騎士団のカチュアと申します。お見知りおき願います。今は、マケドニア連絡網の統括をしております。」
 ハーディンはまたしても驚いた。ペガサスナイトとは言え、マケドニアはやけに若い御仁を使者として送ってくるものだと不思議に思っていたのだ。おおかた、本当に使者のみの役割なのだろうと考えていたが、その考えを超えていた。そして、白騎士団はペガサスナイトで主要因が構成されているのみならず、その幹部もペガサスナイトなのであろうと考えた。
「あなたとは先日お会いしていますが、アリティアのマルスです。改めまして。」
 マルスもこれにならって同じく挨拶をした。カチュアはそれには目礼で返した。
「書状の内容であれば、あなた方におかれればさぞかし困惑のこととは思います。しかし、陛下よりドルーアに対抗する為にはマルス殿の力がどうしても必要であるとのことなのです。」
 カチュアの話し方は丁寧でしっかりしており、ハーディンも感心していた。確かに、ただの一兵卒であるとは思えなかった。
「……ファルシオンは……カダインにあるというのは本当であるのか。」
 ハーディンの態度はやや横柄であった。やはり、カチュアを根本から信用してはいないらしい。対して、カチュアの対応はあくまで丁寧であった。
「……マチス閣下より、そのようにうかがっております。」
「ファルシオンがなければ、私も十分に竜には対抗できません。」
 とは、マルスの言葉であった。
「……申し訳ありません。ドルーアに対する考えの細かいところは全て陛下とマチス閣下で話し合われている為、私には良くわからない部分が多いのです。」
「それでは、この席を設けた意味がないではないか。いざ、話し合いを始めて実は何も知りませんではどうしようもないぞ。」
 ハーディンはわざといらついて見せた。
「私がこちらへ来たのは、ドルーアに対する策を細部まで話し合う為ではありません。一つの提案を行う為に来たのです。」
 しかし、カチュアは動じなかった。その視線は、ハーディンの両の目をしっかりと見据えていた。
「……では、そちらの提案とやらを聞こうか。」
 と、ハーディンはややあごを突き出しながらそう言った。
「はい。マチス閣下に直接こちらへ来ていただいて、話を聞いていただこうと思うのです。そのための段取りについては私に一切が任されております。」
「な、なんと。」
 これには、さすがのハーディンも驚いた。マチスがマケドニア国内において非常に重要な地位にいることは、何度とない内偵によって疑いようの無い事実であった。
「……お話の程はわかりました。そのお話、喜んでお受けしたいと思います。ハーディン殿、よろしいですか。」
 それまで、黙っていたマルスもハーディンと同様、マチスが会いたいと言っていると知り、顔色を変えていた。そして、即座にそう返事をしたのだ。
 マチスが直接来るというのであれば、それはそれ相応の危険を直接冒すことになる。マケドニア側から見れば相当マルス達を信用していなければできない芸当である。
 油断させておいて、用意周到に騙まし討ちをする危険性も無いではなかったが、そうであればここまで手の込んだことをすることは無い。マルスたちは少人数なのだ。書状を渡した後、そのまま一軍を向かわせればすむことである。会談を行うのが目的であれば逆に危険なのはマチスのほうである。
 それにもかかわらずマチスが直接会いに来るというのであれば、マケドニア側がそれ相応の姿勢を見せていることへの現れなのだ。そのことは、マルスもハーディンも理解していた。だからこそ、マルスはその申し出を受けた。
「……わかった。いささか急に過ぎるが、そちらがそう言うのであれば来ていただくことに問題は無い。」
 マルス達が勢力と呼べるような存在であるかはわからないが、敵対する勢力同士であれば交渉に臨むためにはそれ相応のプロセスがある。使者を取り交わし、トップ会談が決まった場合でもどちらかの本拠地は選ばず、中間で行うのが普通だ。この場合はろくに折衝もされていない上での申し込みであった為、話が急であるというのがハーディンの持った感想であった。
 しかし、マケドニア側ではこのことについて話がわかるのはミシェイルとマチスだけであるのだ。つまり、そのどちらかが直接はなしをしなけれことは始まらない。だからこそマチスはカチュアに直接の会談を行う旨を伝えるよう、使者としたのだ。
「承諾していただきありがたく存じます。日時については……閣下の予定を調整する必要がありますので、七日後の同じ時刻ということでよろしいでしょうか。」
「かまいません。よろしくお願いします。」
 そこからの話は早かった。同意が得られれば後は日時を決めるだけだった。カチュアは話がまとまったことを確認すると、笑顔で彼らの住みかを後にした。カチュアを見送るマルスの表情は、とても複雑なものが入り混じっていることをハーディンは感じていた。

 七日後、マチスはカチュアに案内されてマルスたちの住みかへとやってきた。とは言っても、カチュアと違って空を飛べるわけではないので簡単ではなかった。サムスーフ山の麓まで馬を操り半日、そこで一泊し一日掛けて徒歩で山を登った。隠密行動であるので供もおらず、一人である。親衛隊の誰かを連れてきても良かったのだが、事を大事にしないために一人で行動することにしていた。
 緑条城にいる者でマチスが外出したことを知るものは極わずかであった。緑条城駐在将軍のムラク、マチスの直属部隊隊長であるクラインと近しいもの数人。また、エリエスにもその話が伝わっていた。
 その者たちはマチスがいなくなった事を皆が騒ぎ出す前に、マチスが体調不良で寝込んでいることを知らせるよう依頼されていた。そして、エリエスはマチスに近しい者として、マチスの世話をしているという手はずになっている。エリエスは実際は誰もいないマチスの公室でただ時間を過ごすだけであるので、かなり寂しい思いをしていた。
 予定は片道に二日弱かかるため、四日間取る必要があった。そのため、準備がかなり大掛かりになってしまっていた。しかし、マチスの考えを明らかにするためにはここで彼らに会わないわけにはいかない。
 その日、マチスを出迎えたのは彼らの中では最もマチスを良く知っているはずの人物だった。
「レナ……。」
 マチスはそう呼びかけたきり、言葉を飲み込むこととなった。そして、いかにも間抜けな自分の行動に苦笑した。
「レナ……心配したのだぞ。無事でよかった。」
「兄さまこそ。軍に入られてからという便りを聞いてから、気が気ではなりませんでした。」
 レナの感じは変わっていた。もともと危なっかしくも人の世話が好きなレナは、マケドニアを出る前も修道院でよく働いていた。それがマチスと離れ、三年の歳月が過ぎ、すっかり地に足がついた感じとなっていた。
「あんたが、レナさんの兄貴なのかい。」
 少しはなれたところにいて、兄妹の再会を見ていた男が、そうマチスに話しかけていた。
「……君は?」
「ジュリアンだ。いろいろあって、王子さんと行動をいっしょにさせてもらっている。……来なよ。王子さんと、ハーディンの旦那がお待ちかねだぜ。」
 男の言葉遣いはかなりくだけていた。マチスはジュリアンがレナとの会話に割り込んできた上にそういった態度を取られたため、一時表情を固くした。だが、思い起こせば今では彼が最も信頼している部下であるクラインの話し方もこんな感じだ。兵士達にはこれくらいの方が丁度いいのかもしれないとマチスは考えた。
 以前、カチュアがマルス本人に案内されて通った通路を、ジュリアンとレナが先導し、マチスとカチュアが続く形で歩いていた。ジュリアンの声が聞こえた。
「すまねぇな。本当は、もうちょっとゆっくり話をさせてあげたかったんだが、王子さんも待ってるだろうからな。」
 マチスからはレナが軽く首を振るところが見て取れた。
 会談の席にはマルスとハーディンの他、二名がすでに臨席していた。魔道士のマリクと騎士のアベルだった。
「ようこそ、マチス殿。歓迎します。」
 マルスの挨拶で会談は始まった。マチスは臨席する全員と面識が無かった為、まずは一通り自己紹介が行われた。しかる後に早速本題へと移った。
「ドルーアと戦うというのは事実か。」
 と、まずはハーディンが切り出した。
「少なくとも陛下と私の間では決定事項です。……もっとも、陛下におかれては、かなり前からそのように考えてはいたようです。陛下も私も人と竜が共存できるとは考えてはいません。それは、現在ドルーアの直轄下にあるところの状況からも明らかです。」
「ドルーア直轄……アリティアはどのような様子かご存知ですか。」
 さすがに、気になったのであろう、話の本筋ではなかったが、マルスはそう言った。
「アリティアについてはマケドニアより遠方である為、詳しい様子を知りません。ただ、比較的マケドニアに近いアカネイアパレス近辺やグルニアの状況は伝わってきていますが……ひどい有様です。富や労働力を根こそぎ搾取され、ドルーアの王都建設などのために使用されていると言います。」
「グルニア?グルニアはドルーアの同盟国ではなかったのか?」
 そう聞いたのハーディンだった。ハーディンはグルニアも、マケドニアと同じく戦勝の利益を享受しているものと考えていた。
「グルニアは、国王がドルーアの要求を全てのんでしまっているため、国民は非常に辛い生活を強いられています。かの国の守護神とも言える黒騎士団も活動を休止している上、ドルーアに取り入った佞臣どもがそれぞれの地方を好き勝手にしている状態です。」
 グルニアのことについて、ハーディンは驚きをもって聞いた。確かに敵対する勢力でもり、大陸の端と端というオレルアンとグルニアの位置的関係から、グルニアの最近の情報についてはほとんど知ることができないでいた。
「では、カミユ将軍はどうなされたのだ。あの方が、ドルーアの専横を許すとは思えないのだが。」
「……カミユ殿は、グルニアの国政にはまったく口を出してはいません。国王の決定に従っているだけです。」
「あれほどの人物がか?」
 ハーディンはまだ信じられないと言った顔をしていた。グルニア黒騎士団のカミユと言えば、大陸中にその名前が通っている名将だ。
「あのお方は忠誠心が強すぎるのです。話には聞いておりませんが、あれほどの方であるのですから、ルイ国王を何度となく諌めてはいるのでしょう。それでも、国王が定めたことであるのならば、黙々と従うのがあのお方です。……陛下がおっしゃっておられました。あの方には、有能な上官が必要か、自分が一番上になるべきだと。……私もそう思います。」
「うーむ。」
 ハーディンはひとしきり深く唸った。マルスも難しい顔をしている。
「それで、カミユ将軍は、今は何をされているのですか。ただ、無為に日々を過ごしているとは思えませんが……。」
 と、マルスが聞いた。
「これはお渡しした書状には記していなかったことですが……カミユ殿は、グルニア領内においてニーナ姫を保護しておられます。このことについてはルイ国王と相談したかどうかはわかりませんが、ニーナ姫の保護は陛下も望んだことであるのでカミユ殿と陛下は定期的に情報を交換しています。」
「ニ、ニーナ様を守っておられるのはカミユ将軍なのか!」
 ハーディンにとっては驚きの連続であった。だが、思うところこそあったがカミユ将軍であればニーナ姫を守りきることもできるであろうともハーディンは考えていた。
 ハーディンの心に黒いものはあったが、それを押さえ込む術をハーディンは心得ていた。なにより、ハーディンは解放軍での戦いでニーナ姫を守りきることができなかったという負い目を持っていた。地位を失った。部下もわずかな者を残して失った。だからこそ、今は全てのことを吹っ切ってこれからの道を模索しようともしていた。
「……陛下は、マケドニアがドルーアに牙を向けるとき、ニーナ姫を旧アカネイア勢力を統合する旗頭としたい方向です。陛下と私がカミユ将軍と協力してニーナ姫を保護している理由です。」
 これにはハーディンは納得しないわけにはいかなかった。確かに、アカネイアの王族が生き残っていれば大陸の人口の半分を占めるアカネイアの民衆から力を得やすくなるというものだ。
「さしずめ、オレルアンの旗頭が私で、アリティアの旗頭がマルス王子であるということか……。」
 ハーディンは自嘲気味につぶやいた。
「陛下は……レフカンディの決戦に当たって、マルス殿の命を奪うことの無いようにおっしゃいました。オレルアンの占領についても、タリスの占領についても、王族の方々の命を奪うようなことはしていません。……全ては、ドルーアに対するためです。」
「何と!それでは、マケドニアはそれほど前からドルーアと戦うことを考えていたというのか。それでは、何故マケドニアはオレルアンと戦ったのだ。レフカンディで衝突する前に、いやその前に緑条城を占領する前に戦いを止め、ともにドルーアに当たれば良かったではないか!」
 ハーディンにとっては当然の疑問であった。しかし、マチスはゆっくりと首を振った。
「マケドニアは、あの時点でドルーアとカダイン以外の全ての国が合同したとしても、ドルーアにはかなわないと考えていました。オレルアンは一度完全支配する必要があったのです。」
「そんなことは詭弁だ!」
 ハーディンが、怒鳴りあげた。
「あの時点では、マケドニアにはマケドニアの、オレルアンにはオレルアンの事情があったはずです。ハーディン殿、あなたはご存知ですか。アカネイアの役人の各国での横暴さを。陛下は、ドルーアの圧力とアカネイアの信義を天秤に掛け、ドルーアを選ばざるを得なかったと言いました。」
 アカネイアの役人が横暴であることは、ハーディンにもわかっていた。彼らは、アカネイアの親戚筋であるはずのオレルアンにもきつい態度を取った。さらに、ハーディンとオレルアン国王、ルクードの二人で大きな犠牲を伴いながらもようやく治めた内乱も、影にはオレルアンの利権を得ようとしたアカネイアが見え隠れしていた。
 それでも、オレルアンの中ではアカネイアに反発する者は異端であると見られていた。ハーディンはそう極端には考えてはいなかったが、忠誠を誓うに足る存在がアカネイアの内にあるうちはアカネイアに従うつもりでいた。これはオレルアンの国王も同じだった。
「グルニアは早々にドルーアに屈しました。マケドニアはドルーアと組まなければ、グルニアとドルーアの挟撃にあい、壊滅していただろうとのことです。……これについては私もその通りだと思います。」
「ですが、その時にアリティアがドルーアを攻撃すれば、何とかなったのではないですか。」
 アベルとマリクは同席しながらもそれまで一言も発言していなかったが、これはアベルの声であった。
「仮定としてはもはや意味の無いことと思いますが……その場合はグラの動向が鍵となります。実際には、グラはグルニアとマケドニアがドルーアと同盟を組んだことを受けて、ドルーアと同盟を組む道を選びました。しかし、マケドニアが攻撃を受けている最中にグラとアリティアがドルーアへ攻撃を掛ければあるいは勝ち目もあったかもしれません。」
「で、あれば!」
 はやるアベルをマチスは目で押しとどめた。
「ですが、もう一つの要素があり、それも難しかったでしょう。」
「……カダイン、ですか。」
 さすがにマリクは七つの王国の外に大きな力を持つ勢力があることを忘れていなかった。マチスは大きく肯いた。
「そうです。ドルーアに対抗しようとするならば、まず先にカダインを抑えなくてはどうしようもありません。何しろ、彼らの魔法の力は変幻自在であるのです。最悪の場合にはこの場ですら監視されている可能性もあります。」
 と、マチスのその言葉で場が一瞬沈黙した。
「マリク、この場が見られているというのはありえるのかい。」
 マルスは思わずそう聞いていた。
「残念ながら、ありえることです。魔法を使った遠見は、難しい技術ですが、見られている者がそれと知ることはできません。難しいと言ってもガーネフほどの者であればそれはたやすいはずです。」
 マリクも魔法を使った監視についてはその実際を認めていた。より一層、その場は静まり返ってしまった。
「よいですか。監視されている可能性があるといっても、ドルーアを討つとあれば入念な準備をしないわけにはいかないのです。細心の注意を払いつつ、大胆に行動していくしかありません。ひとまず、戦争が終結したことでガーネフの注意はドルーア自体に大きく傾いています。この機会に事を進めるべきなのです。」
 とマチスは静まり返った皆に、納得させるように言った。
「どちらにしろ……状況がドルーアに味方したというわけだな。全ては、アカネイアの身から出た錆で、オレルアンやタリスはその濁流に飲み込まれたのか……。」
「シーダ、シーダもそうだったというのか。」
 ハーディンが考えながら口にした言葉に、マルスが反応した。
「シーダとは……タリスの姫君のことですか。」
 マチスのその問いに、マルスはなかなか答えようとしなかった。
「シーダ様は、ペガサスナイトでしたが、レフカンディの戦いにて命を落とされました。」
 なかなか答えようとしないマルスの代わりに答えたのはアベルであった。
「……それは……。」
「いや、そのことは致し方ないことだ。……我々はマケドニアと戦っていたのだ。注意が足りなければ命を落とす。」
 マチスが何かを言おうとしていたところを、ハーディンが割り込みかき消してしまった。マチスはそれに対して言葉を繰り返すことも無かった。シーダがマルスにとって大切な存在であったであろう事はマチスにも容易に想像がついた。それだけに、マチスにも何と言ってよいかわからないところでもあった。謝れば偽善に見えるだろうし、理を諭しても感情には勝てないであろう。
「マルス様、たとえ一国の王女であろうとも、戦いに身を置く身であれば常に死を覚悟するものです。……ミネルバ様もそれに違えることはありません。白騎士団の者はほとんどが私と同年代の女性ですが、これもミネルバ様から常々言い付かっていることです。」
 カチュアはそう、はっきりと言った。
「マケドニアを恨むことではない。そのようなことは百も承知しています。それでも、悩まされるのです。シーダを死なせるようなことは……なかった。」
 マルスの言葉には皆無言であった。ハーディンも、アベルも、マリクも、自己を責めたてるマルスの言葉は何度と無く聞いていた。最初のうちは、いろいろと言葉を尽くしていた彼らであったが、そのうちに時間で解決させるしかないと考えるようになった。マルス自身も、自分で乗り越えなくてはいけないことであることは十分承知していた。しかし、不遇をかこつ中で十分に考える時間を与えられたマルスは自問自答しつつ、その鎖を断ち切れずにいた。
「マチス殿、これからのことはどうなされるおつもりであるのだ。」
 しばらく沈黙が続いたが、マルスが何も言わないことを確認してハーディンが話を切替えた。
「ドルーアに対するにあたって、まずしなければならないことはカダインとドルーアの不和を誘発させ、彼らを相討たせることです。……ドルーアとカダインが組んでいる限り、我々は先手を取ることができません。カダインからファルシオンを取り戻す必要もあります。」
「そんなに上手くいくのかね。ガーネフが邪魔であるのは確かだろうが、そう簡単にドルーアを裏切るとは思えないが。」
 流れるように主張するマチスであったが、ハーディンはまた不審そうな表情に戻っていた。ドルーア同盟の内情を良く知らないハーディンには、カダインとドルーアを仲たがいさせることは難しそうに見えたのだ。
「ガーネフとメディウスはお互いにお互いを牽制しあっています。陛下はそれを考えられる限りの方法をつかってお互いが反目するように仕向けています。無論、これには私も協力しています。」
 ガーネフとメディウスを争わせるのは、ミシェイルとマチスの同意事項の一つであった。このため、マチスの直属部隊は水面下でかなり激しく活動している。
「……わかった。仮に、ガーネフとメディウスが反目したとしよう。それでどうするのかね。」
「今、言えることは、ガーネフ、メディウスの順で撃破すること。それだけです。その過程でファルシオンを奪い返し、マルス殿にその力を貸していただきたいというのがこちらからのお願いです。」
 そこでまた、マチスは頭を下げた。
「まだ……何も決まってはいないのですか。」
 マルスならずとも、列席した解放軍の面々も呆気にとられた形であった。ハーディンも固い表情を崩していない。
「……現段階で、ドルーアへ攻撃をかけることはできません。陛下と私は、この状態で五年は耐える必要があるだろうと考えました。ですから、その間にできる限りの準備をします。真っ先にやらなければならないことがあなた方へのお願いであったのです。マルス殿にもしものことがあれば、ドルーアに対するには大きな損失となります。」
 五年という長い歳月を提示され、ハーディンとマルスは考え込んでしまった。
「ハーディン殿、どう思われますか。」
「マルス殿。貴殿は、解放軍がオレルアンで兵を集め、パレスへ向かおうとしたとき、勝てると思っていたかね。」
 感情的にはともかく、結論は出さなくてはならないと考えたマルスはハーディンに意見を求めたが、逆に質問で返されてしまった。
「少なくとも、勝つつもりではいました。」
 マルスはそうは答えたものの、ハーディンはその裏を読もうとしていた。
「そうだろう。私も勝つつもりでいたし、作戦もそのつもりでいた。しかし、パレスまでたどり着けるとしてもいいところ三割程度の確率であろうとも考えていた。あの時点で、解放軍とマケドニア軍の力の差は歴然としていたのだよ。」
 戦力の差は十分承知していたのであろう。アベルもマリクも何も言わなかった。
「だが、あのタイミング以外、軍を発する時期はなかった。マケドニア軍が攻勢に出てくる前にこちらから打って出る必要があったのは周知の通りだ。我々は、マケドニア軍の隙を突くような戦いをするしか手立てがなかったが……。」
 ハーディンは一度言葉を区切るとマチスを一瞥した。
「結果、マケドニア軍はレフカンディへミシェイルの竜騎士団までも投入し、完全な布陣の前に敗れた。しかも、緑条城、タリスまで奪われ、完敗だ。」
「どういうことですか。」
 聞きなおすマルスをよそに、ハーディンはマチスをじっと見ていた。
「つまり、正直なところマチス殿がいる限りマケドニアには勝てる気がしないということだ。こんな時代でも、敵に回したくない人物は大勢いる。マケドニアのミシェイル殿、グルニアのカミユ将軍、アカネイアならばアストリア殿、ジョルジュ殿、そしてマチス殿だ。マルス殿、五年も待とうなどと考える者だ。ひとまず提案に乗っておいて、途中途中で考えて見るのも良いのではないか?」
 ハーディンはやや遠まわしであったが、賛成の意思を示した。
「もし……受けてもらえるのでしたら食料などの必要な物資はこちらからお渡しします。状況が状況ですので、マルス殿をはじめとして重要な人はここからなるべく出ないようにお願いいたしますが、そうでなければある程度出歩いても構わないでしょう。ただし、ここの場所だけは明らかにされないようにしてほしいのです。」
 マチスはここぞとばかりに説得を始めた。
「アベルと、マリクはそれで構わないのか。……二人とも、自分の意見を言ってほしい。」
「マルス様、私達の一番の目的は、メディウスを打倒することだったはず。アリティアの民のことは心配ですが、今は何もすることができません。ここはマチス殿のお話を聞いてみるのも手であると思います。」
 マルスの求めにまず応じたのはアベルだった。アベルはアリティア騎士団の中にあって、その冷静さを謳われる騎士だった。
 アベルには、現状で無理やり反ドルーア同盟の旗を上げる無謀さをよく知っていた。マケドニアがオレルアンを統治しているその手法は、評判は悪くない。民衆が追い詰められていない状況であれば、旗揚げしたところで自分から集まってくれる人々はたかが知れているのだ。
 一方、マリクはまた別のことを考えていた。
「……マチス殿、エリス様をご存知ですか。」
「エリスというと……アリティアの姫君ですか?」
 エリスというのはアリティアの王女であり、マルスの姉にあたる。とは言ってもマチスは、ほとんど名前で聞いたことがあるだけだった。
「はい。アリティアが陥落した際、マルス殿下を逃がす為おとりになり、囚われたと聞いております。実際のところはどうなのでしょうか。」
「エリス姫のことについては、聞いたことはありません。……わかりました。そのことについては気に留めておきましょう。」
 マルスは、マリクのその様子を横からじっと見ていた。
「それで……結局マリクはどう思う。」
 マルスにはマリクが色々と考えていることがよくわかっていた。だが、あえて早く答えを促した。
「私は……無理に協力という形を取らなくても、まずは休戦という形にしてみてはいかがでしょう。マチス殿の話からすると、すぐにドルーアと戦うということではなさそうです。」
「休戦か……それがよかろう。どうだろうか、マルス殿。」
 これには、ハーディンが瞬時に賛意を示した。いきなり協力という話は難しくても休戦とおういうことであれば皆も受け入れやすいだろうとハーディンは考えたのだ。もっとも、ハーディンからしてみれば、休戦といっても実質は降伏したのと同じであることはわかっていた。
「……わかりました。ここでまた、逃げるようなことをしても、最早意味の無いことなのでしょう……。このお話、受けさせて下さい。」
 ややあって、マルスもまたその意見に同意した。ひとまず、マチスは胸をなでおろした。
 マチスとしても積極的に協力をしてくれるなどと楽観していたわけではない。期待はしていたものの、そこまではいかないだろうと考えていた。マルスたちと繋ぎを得て、彼らがマチスの知らないところで暴発することが無いようにすること。それが必要最低限の目的であった。
「ありがとうございます。」
 と、マチスはまた一度頭を下げた。
「カチュアを連絡役として時々来させるようにいたしましょう。……カチュア、色々と頼み込んでしまってすまないがよろしく頼む。」
「承知いたしました。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
「……こちらこそ。」
 続いて一礼したカチュアに、マルスが続いて礼をした。

 会見を終え、帰路に着こうとするマチスをレナが待ち受けていた。
「……兄さま、もうお帰りになられるのですか。」
「ああ、なるべく早く城へ戻らねばならないのでな。」
 久しぶりに妹の顔を見ることができたマチスは穏やかな笑顔を浮かべていた。
「レナ、お前は私のところへくるつもりは無いのか。」
「いえ、私はこちらに残ります……。今の兄さまに私は必要ないでしょう。」
 マチスはレナの返事を聞くと、小さくため息をついた。マチスにはレナは自分のところに来ようとすることはないだろうと、なんとなくだがわかっていた。レフカンディでの敗戦後、ミシェイルはレナと会ったと言う。だから、その気になればいつでもマチスのところに来ることができるだろうと考えていたこともある。しかし、それ以上に今のレナには強さを感じていた。
「……誰か、大事な人でもできたかね。」
「に、兄さま。」
 マチスにしてみれば何気なく言った一言だった。だが、そこで、マチスはみるみる赤くなっていく妹の顔を見ることとなった。
「何だ、図星なのか。」
 マチスは驚いていたが、レナも驚いていた。三年前に別れたときのマチスはこんなことを言うようなことはなかった。
「……お前も、そういった話の一つや二つあってもいいころだろう。相手のことは聞かないでおくよ。……マルス殿をよろしく頼む。」
 マチスはそれだけ言うと、木立の中へと消えた。空にはカチュアが騎乗するペガサスの声が響いていた。

 マチスを見送ったレナの後ろに、ジュリアンがいた。
「やっぱり……兄貴だったんだな。」
「ジュリアン……。」
「大将軍か……。身なりはともかく、そんなにすごい人には見えなかったんだがな。」
 すごい人ではない。その思いはレナも同じだった。いや、本人すらもそうは思っていないのではないかとレナは思っている。レナも、それほど話をすることはできなかった。そんなレナもマチスが変わったような気はしたのだが、それが実際に変わったのか、時の流れによるものか、そういった区別もつかない程度の変わりかただった。
「もともと表に出るような人ではなかったのです。」
「レナさん、あいつと一緒に行かなくてよかったのかい。」
 それは、ジュリアンが一番聞きたいことだった。ジュリアンは聞かざるを得なかった。
「ジュリアン、私は……ここにいます。どこにも行きませんから……。」
 レナの視線の先にジュリアンの目があった。二人は、その後しばらくの間見詰め合っていた。
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