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FireEmblemマケドニア興隆記
 竜王戦争編
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十六章 魔の波動

 異変はグラで起きたため、最初マチスはそこにガーネフの影響しているとは考えなかった。気がついた時にはガーネフに味方が増えていたのである。
 グラの最高指導者ジオル将軍は強欲にて好色、自分の欲望を隠そうとしない人物であったが政治手腕を見てみれば並みの指導者に勝り、動乱の時代をドルーアに付くことで勝ち組みに回った英君でもある。戦争が終わるまではその評価に翳りはなかった。
 しかし、ドルーアは徐々に牙を向き、ドルーアからグラへ下向してきた駐在官にジオルは逆らうことができなくなっていた。ドルーアの圧力は想像以上に苛烈だったのである。グラに統治が任されたはずの旧アリティア領には、ドルーアの一軍が派遣され城に居座り、グラの統治権は完全に反故にされた形となっていた。グラの本国にしてみても国の収益の七割はドルーアへ吸い取られていた。もっとも、実際にドルーアが拠出を求めていたのは全体収益の二割程度であり、残りは駐在官らの私服として吸収されていたのである。
 ジオルもそのことを把握し、対策を取ろうとしていたのだが、ジオルがドルーアの中央へ直接話をつける算段に手間取っている最中にも民衆の不満は爆発した。不満の爆発はお家騒動という形を取って表面化した。
 ジオル将軍は好色であり、子供が多くいた。その後継者争いは子供たちが物心つくと徐々に激化していった。ジオル将軍自身は、溺愛していた寵妃との間に生まれた娘を特に可愛がっていたのだが、子供同士の関係がきな臭くなってくるとその寵妃と一緒にアカネイア中央へと娘を避難させていた。結局その娘はドルーアに見つかり、今はドルーアの帝都に人質となっている。だから、外から見た場合、女性であることもあって後継者とはっきり指定はされていないものの、ドルーアの人質となっているシーマ王女は特別な位置にいた。
 もっとも、この時後継者争いをしていた子供達の目に、シーマ王女は入っていなかった。はからずともグラから離すことでシーマの安全を確保すると言うジオルの狙いはそういった意味では有効であった。後継者争いは激化の一途をたどり、派閥同士で血で血を洗うような事態も発生した。
 その中で、民衆の支持を巧みに取り付け、追い風に乗ったのが第三王子のレギノスだった。レギノスは第一王子派、第二王子派を押さえ込み無力化することに成功したが、ジオルまで追い落とそうとはしなかった。また、反動をおそれ、それぞれの派閥の頭を粛清するようなこともしなかった。
 ジオルにしてみれば波風立てぬよう、第一王子を後継に指名していたのだが、そのような事情もありレギノスへと後継者の指名を変えた。もっとも、ジオル本心はシーマにしかるべき婿を迎えて国をついでもらうことにあった。しかし、情勢はレギノスを後継に指名しなければならないほど追い詰められていたのである。
 しかしその日、突然グラよりレギノスがグラの実質的国王位である将軍位に着いたと言う知らせが入ってきた。グラの動向は安定はしていないものの流動もせず膠着状態にあるとマチスは考えていた。そのためマチスは別段確認などをしておらず、この事態は予測していないできごとだった。
 マチスは急いで事の詳細を調査させた。すると、レギノスは実に過激な方法で政権を奪取したことが明らかになった。レギノスはわずかな時間で国内において彼に反抗する可能性の高い者達を全て投獄することに成功したらしい。レギノスの周辺はすでにレギノスを支持する側近達によって固められ、それなりに強固な体制であるという。ジオルも捕縛され投獄されたようだが生死は不明の状態だ。
 また、グラの王都では数日の間に魔道士の姿が多く見られるようになったという。そういった魔道士はレギノスの側にもいるらしい。それだけでマチスには、いやほとんどの者には何が起こったかが予測できた。
 それでも、マチスの考えは推測に過ぎず、裏づけを探していたのだが、レギノスの方から公式に通達があり、情報を集めることの意味すらなくなってしまった。即ち、レギノスはドルーア同盟を離れ、カダインに付くことを正式に各国へ表明したのだ。
 マチスがグラの立場だったとすれば、ドルーアを離れカダインに付くと言うのは考えられないことである。ドルーア同盟側の勢力とカダインとグラの地理的関係を考えれば、グラがカダインの先鋒としてこき使われることは明らかだからだ。グラについては裏づけを取っているところではあるが、カダインに付いたことは間違いないとマチスは見ている。これはガーネフの調略のたまものであろう。
 さらにレギノスは、ドルーアにシーマ王女の返還を求めたが、これは当然拒否された。このレギノスの行動もマチスには理解しにくいことだった。グラがジオルと争っていた勢力に支配された以上、シーマの人質としての意味は全くない。では何故返還を要求したのか。レギノスの反対勢力がシーマを担ぐことを恐れたという可能性が最も高く思えたが、所詮人質で王女の身に何かができるということは考えにくかった。
 とにかく、このできごとによって、マケドニアのカダイン攻撃計画は修正せざるをえなくなった。
 現在のマケドニア領からカダインを攻めるルートは大きく二つある。一つは、レフカンディからアカネイアパレスを通り、グラへ渡り、アリティアと抜けるルート。こちらはグラの政情が不安定であったことも有りもともと有望ではなかった。さらに、こちらはアカネイアからグラ、グラからアリティアと海路が多すぎる。もう一つは、マケドニア王都から船でグルニアに渡り、カシミア大橋を渡るルートだ。グルニアも安定しているとは言いがたかったが、内乱状態のグラがドルーアの影響にも左右されない混乱状態にあったことと比べるとまだ安全であった。ただでさえ、現在のマケドニア領とカダインでは大陸の端と端に位置しているのである。竜騎士団、白騎士団はともかくとしても城砦戦を想定して徒歩の兵を連れて行くのであればルート選びも重要になる。
 しかし、グラの変事によって、カダインを攻める前にグラを攻略する必要が出てきてしまった。グラ単体での軍事力は相次ぐ混乱によって質も規模も大きく低下しており、マケドニアにとって脅威にはなりえるものではない。しかし、カダインと同盟を組んだとなればカダインの兵力が駐留する基地なることはできる。マケドニアがグラを無視してカダインを攻めれば、グラからはマケドニア軍の後背を突くことができる。これは絶対にさせてはならないことだった。
 グラとカダインの間、アリティアにはドルーアの一軍がいてアリティアを占拠しているのだが、これは余りあてにはならない。マケドニアに任せた戦いにドルーアが参加してくるとは思えないからだ。ドルーアはマケドニアの国力を落とすことも考えているに違いないのだ。例え対応を依頼したところで不当な対価を要求されるのが落ちだろう。この場合、グラの軍勢はアリティアに駐留するドルーア軍と衝突しないように移動するだけでよい。グラの軍がアリティアを通るとき、アリティアに駐留する軍隊であればこれを阻止するために動くことは当然可能なのであるが、ドルーアの軍がそのようなことをするとは思えない。
 マチスは急いで書状を書き、ミシェイルへ送った。カダイン攻撃に先立ってグラを攻略する計画の変更の許可をもらうことと、ドルーアにこの事を伝えてもらうことが趣旨である。翌日、書状を受け取ったミシェイルは、すぐさまドルーアへ使者を派遣した。また、マチスは同時に、グラの様子をより詳しく調べるようクラインに依頼した。
 幸いなことにドルーアの許可はすぐに降りた。メディウスを頭とするドルーアの首脳部は、領地の管理は杜撰であってもこういった戦略的点ではそれほど的を外したことはしない。
 グラの新しい指導者はあまり思慮深い人物ではないとマチスは判断していた。そう判断した理由の一つはこの時期にカダインへ味方したこと。そしてもう一つはそれをこの時点で発表したことにあった。もし面従腹背であっても当面はドルーアの下にいてマケドニア軍がカダインを攻撃する時に寝返り、マケドニア軍へ攻撃を仕掛けていれば、そのような事態を想定していないマケドニア軍は甚大な被害を被ったであろう。かつての戦いのアリティア軍のようにだ。レギノスはそのようなことも考慮せずにただ突っ走っているようにしか見えない。レギノスは先が見えず、ガーネフにいいように操られているのである。マチスはそう見ていた。ガーネフの後押し無くしてジオルを追い落とすところまではできなかったところを見てもそういった人物が推し量れる。
 グラの攻略が決定はしたが、どのようにしてグラを攻略するかについては考えるべきことがたくさんあった。そのための情報収集でもあった。
 クラインの部下が言うには、グラにはカダインからかなりの数の魔道士が入っていているということだった。グラ自体の軍備もレギノスの影響力によって一応見れる形にはなっているという。グラにいる魔道士の動きはかなりあわただしいとのことだった。
 情報はカダインからも入ってきた。カダインからの情報は、砂漠を越え、海を越えやってくるためにグラのそれと比べるとだいぶ遅れる。カダインでも魔道士達の動きは激しくなってきているという。マチスはクラインへ、カダインとグラが次にどう動くかを調べるよう頼んだ。調べることの難しさは承知の上であった。
 マチスは同時にミシェイルから許可が降りた魔道士隊の編成を行った。とは言うものの、マチスもそれほど多くのことを一度にできるはずもない。実際はオレルアン駐留中の隊に配属された魔道士を改めて集合させた後はエルレーンへ任せきりとなってしまっていた。実質的にエルレーンの副官扱いとなったヨーデルが物資の管理に長けていなければ、魔道士隊は設立直後から躓くところだったのである。
 そんな中、なんとかエルレーンはオレルアン領域の魔道士隊を纏め上げた。人数的には百人いないくらいの隊である。これにマケドニア本領、レフカンディ領域からの魔道士も合流し、最終的には二百五十人程度の部隊となる。
 マチスはエルレーンへ頭を下げ、グラとカダインの情報収集について協力を依頼した。ガーネフの次の標的がマケドニアである可能性は大いにある。カダインが攻撃してくる気配があればすぐにエルレーンからマチスへ連絡する手筈が整った。エルレーンは、他の領域から魔道士が合流するのを待つことなく、カダイン、グラ、また国内各地へ魔道士を派遣し、魔力の異常等を常時監視させるようにした。
 しかし、必死の情報収集にも関わらず、カダインの狙いはわからなかった。エルレーンが言うには、グラに居座っているカダインの魔道士達もマケドニアを攻撃するどころか、警戒する様子も無いという。だからと言ってどんな裏があるとも知れず、油断することはできなかった。マチスは、警戒を続けたまま出陣の準備を進めることとなった。

 カダインが動きを見せないまま、次の事件が起きた。カダインとは関係のないできごとであり、いつかそうなると誰もが確信していたことであったが、いかにもタイミングが悪かった。グルニア王国のルイ国王がついに崩御したのである。
 知らせはグルニア城を守備するロレンスより大陸全土へ発せられた。ミシェイルは弔問の使者を立て、丁重に哀悼の意を示した。未だ隠遁を続けているカミユへはミシェイルによって、ドルーアの王都に人質となっているユベロ王子とユミナ王女にはドルーア帝国側からその知らせは伝えられた。
 知らせを受けたユミナ王女はひとしきり泣き崩れたが、ユベロの方はそうはいかなかった。知らせを持ってきたドルーアの者に、自分をグルニアへ帰還させるよう要請したのだ。
 ルイが崩御すれば次の国王はユベロである。ユベロも今や十六歳であり、子供とは言えない。国王として全てを全うすることはできないかもしれないが、自分の意志で国政を行うことはできる年である。
 しかし、ドルーアがグルニアの権益を逃すはずもなく、まだ未熟であるという理由だけでユベロはドルーアの都に留め置かれた。ユベロはオグマにその悔しさを語り、今一度グルニアの奪還を誓った。
 カミユはその知らせを受けると、丸一日誰とも会話をせずに黙祷を捧げた。
「結局、私は陛下に頂いた御恩を返しきることが叶わなかった。」
 その後、カミユはそう誰とも無く言うようになった。
 グルニア国内の混乱はそれほど大きくなかった。ユベロ、ユミナの行動を抑えたドルーアによって、名ばかりの黒騎士団団長となっていたカナリスがグルニアの運営を任されたからである。とは言うものの、混乱が無かったからといってそれがよいことは言えなかった。ドルーアの太鼓持ちとなっているカナリスによって搾取される状態がひどくなっただけである。
 もっとも搾取される量がひどくなったと言うのは割合の話である。しかも数値的にはともかく、現実的にはとっくに限界に来ている為、状況としては変わらない。国情として安定していないのは相変わらずだ。そのような状況であるのでグルニア国内では過酷な施政によって年々生産量を減じており、カナリスが得る利益は却って減るばかりである。しかし、カナリスはその原因に気付こうとも対策を立てることはなかった。カナリスにはいまさら対策を立てることもできはしなかったし、立てる気もしていなかったのである。
 カナリス自身はこれでも実権を握った気になっていた。そして、ルイの死と共に目の上の瘤となっていたロレンスをグルニアの王城から追い出したのである。ロレンスは一つの文句も言わずこれを受け止めると、グルニアの片田舎へ蟄居した。
 ルイの葬儀は、おざなりになりながらもカナリスによって行われた。しかし、それは表面上のものに過ぎず、葬儀が終わってからも喪に服しているような者は、城内にはいなかった。
 これらが、ルイの崩御から一週間以内程度に発生した。しかし、ことの大きさに比してグルニアの人民には全く影響を与えなかったと言ってもいい。結局ルイは、グルニア国民からの信頼を取り戻すことはできなかった。
 マチスの懸念は瓦解したグルニアがグラと同じようにガーネフに取り込まれはしないだろうかということだった。しかし、グルニアの情勢が大きく変化しないことを知ると、その可能性は小さいと判断した。何より、グルニアに付いてはドルーアの干渉が非常に素早かった。これはグラのことについての反省もあったのだろう。
 しかし、動乱の火種は確実に燻っており、マケドニアが自ら上げることなく燃え上がることとなった。やはり真っ先に行動を起こしたのはやはりカダインだったのである。
 ある時、グラの街中から魔道士の姿が消えたと連絡があった。あからさまな動きの予兆から、マチスはすぐさま全土の軍に厳戒態勢を取らせた。指令は同時にミシェイルからも発せられ、ちょうどレフカンディで両者から命令が発せられたことが確認された。しかし、何れの軍勢もマケドニアを攻撃には現れなかった。
 厳戒態勢が取られてから七日。まず、ミシェイルの元に、一日遅れてマチスへ驚くべき情報がもたらされた。カダイン魔道軍がドルーアの首都を急襲、都市機能が壊滅状態に陥っていたのである。

 ドルーアの都にも季節はある。夏は灼熱の陽光が大地を焦がすし冬は冷たい風が街路を抜ける。しかし、情景からその季節を推し量ることはできない。人々の会話も無い。それでも生きている奇妙な町であった。
 その環境に、ともすればここに来てどれほどの年月が過ぎ去ったのかをオグマは忘れそうになる。ユベロとユミナを守る為にドルーアへ来てもはや四年近い。
 ユベロは立派な青年に成長しつつある。オグマにとっては、すでにどうしているのか知ることすらできないが在りし日のマルスに近くなっているようにも見える。しかし、ユベロはマルスと違い気性が激しく、独断専行的に行動することが多い。ユベロの表面だけを見れば穏やかで人当たりがよい青年に見えるだろうが、深く会話をしその考え方に触れてみればで始めてその気性の激しさに気付く。
 オグマはマルスとユベロが育った環境の差なのであろうとなんとなくであるが考えている。五年前からのドルーアでの生活。これが大きく影響しているのだろうと想像した。
 各国からドルーアに対し、人質として連れてこられているのが四人。ユベロとユミナの護衛をオグマがしており、グラのシーマには傭兵のサムソンが付いている。実質的に護衛という意味では、オグマはユミナのみを守る形だ。ユベロは特に護衛を必要とせず、マケドニアのマリアを逆に護衛するような形となっている。もっとも、護衛とは言うものの、それは最初にオグマとサムソンがそうして欲しいと頼まれたもので、本当に護衛が必要な事態は発生していない。最初のうちはは色々と警戒し人質同士の交流もほとんどしていなかったのだが、ドルーアの方では人質がわざわざ逃げ出すとは思っていないのか、時々話すようになってもドルーア側からは何も言ってはこなかった。ただ、サムソンとオグマの交流は流石に気を付けてはいた。
 ユベロがマリアに結婚の話をしてから、マリアは何かとユベロに頼るようになっていった。自然とユベロはマリアと一緒にいることが多くなり、オグマはユミナから愚痴を聞かされることが多くなった。シーマは余り他の者と話すことは少なかったが、サムソンのことは頼りにしているようだった。
 各国の姫たちは四年という歳月によってとても美しくなった。ユミナのきつい物言いも、マリアの明るさも本質的には変わらなかったが、皆物腰は落ち着いてきていた。シーマは寡黙な娘であったが、与える印象が悪いわけではなかった。しかし、オグマから見てどことなくつかめない人物であった。
 諸侯の会議があったことは、彼らも知っていた。それ以降、各国の動きが慌しくなってきたことも。
 父親が生死不明になり身柄の引渡しを要求されたときも、シーマは普段と変わらないように見えた。シーマは長らく父親とは会わず、母親とのみ細々と暮らしていた。その事情を知る者は少なかった為、シーマの悲しみに複雑な翳りが指していたとしても、それに気が付いたのはサムソンだけであった。
 グルニアのルイ国王が崩御したときには、めずらしくユベロの激昂した姿を見ることができた。もっとも、それを見たのはユベロの姉のユミナだけだったが。ユベロはドルーア側からの使者にグルニアへ帰還できるよういろいろと説得していたが、すべて無駄に終わっていた。無論、ユベロもその願いが聞き入れられるとは思っていなかった。ドルーア側を警戒させることになることもわかっていた。しかし、ユベロはグルニアを自らの手で奪回する時が来るときを信じ、その時に対する心構えを作って置きたかった。
 ユミナは、一晩涙を流した。心に穴が空いたようだとオグマにはもらした。ルイは、二人の子供には大層甘かったらしい。ユミナのわがままな性格と、ユベロの温厚な性格がそれを物語っていた。後に、跡継ぎとしての自覚を得たユベロがルイを反面教師としたことに対し、ユミナにとってのルイはあくまで大切な父親であった。オグマは、いつもとは違う空気が流れていることをわかっていても、それでもいつものとおりユミナの話を聞いていた。

 その日。明け方のことだった
 ものすごい轟音がユベロ達を叩き起こした。ただ事ではない魔力の潮流を感じたユベロは急いで極簡単に身を整えた。念のため、愛用のエルファイアの書を魔道着の内側に潜ませる。轟音が続く中、ユベロは他の三人を探しに出た。
「ユベロ殿。」
 同じく、外に出てきたのだろう。シーマと出会った。シーマは王女ではあったが槍を扱う武人としての才覚も持ち合わせており、その才が非常時における対応の速さに結びついているのだろう。
「マリア様とユミナは?」
「……まだです。今から向かうところです。」
 ユベロは一瞬で判断を下していた。
「では、私はマリア様を迎えに行きますので、ユミナの方をお願いします。合流できたら、玄関口へ。」
 シーマは、軽く頷くと走り出していた。ユベロもマリアの部屋へと向かう。
 玄関口が安全かどうかはわからなかったが、急いで四人を集めることが重要だとユベロは判断した。
 ユベロは、マリアの部屋へたどり着くと、その扉をどんどんと叩いた。
「……誰ですか。」
 外の音がうるさく、その声はかろうじて聞き取れる程度だった。
「マリア様!私です!ユベロです!」
 ユベロにはマリアがなんと言っていたのかすら聞き取れてはいなかったのだが大声でそう叫んだ。すぐに扉が開くと、まだ寝巻きのままのマリアが抱きついてきた。
「ユベロ様。……いったい何がおきているのですか。」
 不意打ちに驚いたユベロであったが頭を振るとマリアを引き離した。
「マリア様、どうか落ち着いてください。どうなっているのかは私にもわからないのです。ただ、いつでも動ける準備をしてください。さあ、私はしばらく外に出ておりますので、まずは着替えてください。」
「でも、ユベロ様。」
「お願いします。」
 ユベロはマリアの肩に手を置いたまま、マリアへ向かって頭を深く下げた。マリアはユベロのいつになく真剣な様子に黙って頷くと部屋へ戻り扉を閉めた。
 ユベロはかなり長く思われる時間をじっと待った。マリアが出てくるとその手を取り、玄関口へと向かった。
「遅かったな。」
 玄関口では、シーマとユミナがすでに先に来て待っていた。すぐそこが外であるため部屋にいたときよりもいっそう激しく轟音が聞こえる。
「これは、何であろうな。何者かの攻撃であろうが。」
 シーマは精神面をも鍛えているのだろうか、異常事態にあっても物怖じしていない。
「おそらく魔法による攻撃でしょう。先ほどから、異常なまでの魔力を感じていますので。」
 ユベロの言葉にはユミナとマリアが肯いた。ユベロほどとはいかないまでもユミナとマリアも魔力を感じることはできる。しかもあからさまに強大なこのような魔力では気付かないはずはない。
「……私が、外の様子を見てきます。ここで、お待ちください。」
 ユベロは三人とも無事であることを確認すると、そっと外の様子を窺った。直接的危険が無いことを確認するとするりと外にでた。不安そうな顔をするユミナとマリアが見えたが、気がつかない振りをした。
 外は熱かった。あちらこちらに赤い炎が見える。そこかしこで建造物が燃えていた。
 ユベロは首をかしげた。ドルーアの帝都にある建物は、規模の大小はともかく、そのほとんどは石を切り出して積み上げた堅牢なつくりをしたものだ。多少の魔法などで燃え上がるようなことはない。火事にならないことはないが、いくら魔法での攻撃でも異常だと感じた。
 しかし、謎はすぐに解けた。ユベロの頭上を大きな火球が飛び去った。ユベロが叫ぶ暇もなくそれはだいぶ先へ落ちると、轟音と共に大爆発を引き起こし、その跡地では炎がくすぶった。
 メティオの魔法。ユベロの頭にはとっさに失われた大魔法が浮かんでいた。天空より燃えた石を呼び寄せ、目標へと降らす魔法である。火の魔法の中でも群を抜いて高レベルの魔法だ。ユベロでも知識としてしかその魔法は知らない。
 何者かがこの魔法を使って攻撃を仕掛けている。それはわかった。しかし、その魔法を直撃しては今ある建物ももつはずは無い。ユベロはしばし考えた。宿舎敷地内の礼拝堂にある地下室。そこであれば身を守ることにいくらかましであろう。
「ここは危険です。礼拝堂へ避難します。」
 ユベロは、建物の中へ戻るとそれだけ告げ、三人を先導した。
 外に出た三人は、周囲の惨状に呆然とした。
「これは……一体何者が攻めてきたと言うのだ。」
 シーマの言葉が、それを代弁していた。
「今は、話しているときではありません。さ、こちらへ。」
 ユベロは足早に礼拝堂へ向かった。ユミナとマリアがそれに続く。シーマは自分から最後尾を買って出たようだった。
「少々不自由ですが、安全が確認されるまでこちらへ隠れましょう。」
 礼拝堂の奥から地下の倉庫へ続く階段を、ユミナとマリアは不安そうに見ていた。そんな二人をシーマが促し、中へ入っていく。最後にユベロが入った。
「しかし……一体、外はどうなっているのだ。どこかへ逃げた方がいいのではないか。」
 シーマも状況は良くわかっていなかった。相変わらず、外では轟音が聞こえている。ユベロは首を振った。
「今外を出歩くことは危険です。今、この都を襲っているのはメティオという隕石の魔法。天空に浮かぶ小さな星を魔道の力で熱し、目標に落下させる危険極まりない魔法です。威力のほどは見てのとおり。頑強な建物をも瓦礫に変えてしまいます。人が直撃を受ければ即死は免れませんし、そうでなくとも爆風や飛んでくる破片すら十分な殺傷能力があります。」
 ユベロの言葉は想像を絶するものであった。言葉で説明を受けることはたやすいが、どのような物か実感することは難しい。
「それは……やはりカダインか。」
「カダイン以外考えられません。」
 ユベロは断言した。
「そうであるな。帝都を直接攻撃に来たか。これは無謀な攻撃であるのか。それとも……。」
 ガーネフがドルーア同盟を離反し、マケドニアがカダインを攻めることになっていることはオグマから聞いていた。正確にはガーネフがドルーア同盟から離反したと判断したメディウスがマケドニアに攻撃を命じたのであるが、ガーネフの側から見てしても本質的な意味合いにおいては違いはない。
「おそらく……示威が目的なのでしょう。これで、ドルーアがカダインを警戒し、また都市の復興のために動けなくなればカダインはそれだけの時間を得ることになる。……しかし……マケドニアをどうするつもりであるのかがわからない。」
 ユベロの考えからすればカダインは現状でドルーアを攻撃しているような場合ではないはずだ。先制攻撃であれば、マケドニアに与えるべきであろう。
 裏で絶妙なパワーバランスが存在しているのか。それはユベロにはわからないことだった。そんなユベロの思考は今まで以上の轟音で中断された。地下室が鞠が弾むかのように揺れ動いた。ユミナ達が悲鳴を上げる暇も無く、ただ震えるに身を任せるしかなかった。
「……近くに落ちましたね。」
 なんとか収まりがつくと、ユベロはみなが無事であることを確認した。

 オグマはユベロと連絡を取ってしばらく経ってから、サムソンと同じ宿に逗留することとした。長期に渡る逗留のため、とうの昔にロレンスからもらった路銀は尽きていたが、闘技場の勝ち分でそれを補っていた。サムソンも似たような状態であったので、二人はかち合わないよう、示し合わせて一日おきに闘技場へ出向いていた。
 異変の日。オグマは、飛び起きるとまず外の状況を確認した。街のそこかしこが燃えていた。街が何者かの攻撃を受けたことは確かだった。オグマは、自分の逗留している宿が無事であることを喜び、またユベロがいる宿舎が無事であることを祈った。
 宿の中はそれなりに騒ぎになっていた。いつもは存在しないざわめきがそこかしこにある。宿主はカウンターでじっとしている。よくみると、一階に集まっている人たちは結構多かったものの、ここから動こうとする人はそういないようであった。街が攻撃されている以上、逃げるのであれば街の外に出なければならない。その中途に破壊に巻き込まれる危険性はある。そう考えて動かない人が大部分のようであった。
「サムソン、出るぞ!」
 オグマは手早く身の回りを整理すると、サムソンの部屋のドアを叩いた。
「ちょっと待ってくれ。すぐに出る」
 部屋の中からサムソンのくぐもった野太い声が聞こえた。サムソンは本当にすぐ出てきた。当然臨戦装備である。
「こりゃひでぇ。」
 宿屋の外に出たサムソンの第一声がそれであった。二人は肯き合うと、宿屋からユベロの宿舎へ駆け出した。

 メディウスが攻撃の報告を受けたのは、隕石の攻撃が始まってからしばらく経ったころであった。側近から報告を受けたとき、メディウスは寝所にて眠りを強制的に中断させられたところであったが、落ち着いてその報告を聞いていた。通常はこういった重要な報告は側近の長であるゼムセルがもたらすものであるが、城の守備も兼任しているゼムセルはすでに配下の竜人を率いて防衛の指揮に入っていた。
「ガーネフめ、やりおるわ。」
 メディウスは報告を聞くと、その顔に薄く笑みを浮かべた。何者が攻撃をしてきたかまではわかりようもないはずだが、メディウスはそれをすぐさまガーネフと断定した。
 ドルーアの城はもともと岩山の中腹にある。そのため、深いところでは隕石の被害を受けようもない。ガーネフが街を破壊した以上に攻め込もうとするのであれば、城内に突入しなければならない。
 しかし、ガーネフはそこまではしないだろうとメディウスは読んでいた。なぜならば城内での戦いとなればメディウスのほうが圧倒的に有利であるからだ。
 各国の使者を招きいれるような通路は別だが、ドルーアの城内はどこもかしこもとてつもなく広く作られている。無論、外敵に攻められたとき、竜人が竜となって戦うためだ。竜族の中には魔法に対して極端に強い魔竜族という種族が存在しており、魔法が主力の軍隊であればその竜が三体もいれば止めることができる。
 しかも、ガーネフは例え城内に攻めたとしてもメディウスに止めを刺すことはできない。そういったことを考えると、この攻撃は中途半端なものであろうとメディウスは判断した。
 メディウスは、報告に来た側近に指示を与えた。ゼムセルには全力で攻撃者の排除と、攻撃者が何者であるかを確認を。そして、各国から預かっている人質の保護を命じた。
 メディウスは、その眠りを完全に覚ましこれまた広すぎるほどの執政の間へ移ると、常時いる玉座に腰を落ち着かせた。後はゼムセルが攻撃者を撃退したという報告を待つばかりである。

 隕石の落下音に混じって、獣の咆哮が混じるようになっていた。そのようなことに気を取られることもなく、オグマとサムソンの二人はユベロ達の宿舎へと向かった。すでに、道々も隕石による攻撃によってかなり崩壊しており、二人は大幅な遠回りを余儀なくされた。
 しかし、二人がたどり着いたとき、宿舎は一弾の隕石によってすでに崩壊しており、燃え上がっていた。建物だった物は屋根から押しつぶされ、中に人がいたとしたらどう考えても助かっているとは思えなかった。
「馬鹿な……。」
 サムソンがつぶやいた。
「とにかく、皆を探すぞ。」
 オグマはそういうと瓦礫の中を注意深く割って歩き出した。ばらばらになった宿舎の後は、非常に歩きにくい。燃え上がった炎が二人の顔を照らし出すと同時に、どうしようもなくその肌を焼いた。
「ユベロ様!ユミナ様!」
 オグマは、ありったけの声で叫んだ。
「シーマ様!」
 サムソンも叫んだ。瓦礫に下敷きになっていないかどうか、二人は懸命に探して回った。しかし、館の中ほどは炎が激しく、探しようにも近寄ることすらできないありさまだ。返事も無く、遺体も見つからない。また守り通さなければならない人を亡くさなければならないのか。オグマの心を行動よりも先に焦燥と後悔が支配し始めた。
 ふと首を巡らすと、少し離れた所にしっかりした作りの礼拝堂があった。離れたところにあったことが幸いしたのであろう、宿舎とは違い、どこも傷ついておらず、火も飛び移ってはいなかった。周りの凄惨な情景にもかかわらずその建物は煙の中に鎮座していたが、そこにあるのは神聖さよりもむしろ禍々しさであった。
「サムソン。……向こうを見てくる。」
 オグマは一言断るとその礼拝堂へと向かった。
 礼拝堂の中は誰もいないように見えた。日はすでに上がっていたが、その礼拝堂にはもともと採光の為の窓が少なく、街全体から煙が立ち昇り空を覆っていたので建物の中はかなり暗い。一目で隅から隅まで見渡すことはできなかった。
「ユベロ様!ユミナ様!おりませぬか!」
 オグマは叫びながらゆっくりと中を進んだ。注意深く進むそこからはオグマの足音しか発生しない。轟音が環境を覆っていたが、礼拝堂の中に見える風景は静寂そのものであった。
 がたんという音をオグマは捉えた。思い蓋が開くか閉まるかしたような音だ。オグマは音のした方へ注目した。金髪の青年が立っていた。
「オグマか?」
「ユベロ様!」
 最初に声が、次に安堵があった。
「よくぞご無事で。」
 オグマは反射的に膝を付いていた。その行動は、けっして礼儀から出たものではなかった。
「オグマこそ、良く来てくれた。サムソンはいるのか。」
「外におります。呼んで参ります。」
「……こちらは全員無事だ。早くシーマに会わせてやってくれ。」
 オグマはほんの数瞬うなだれていたが、すぐにサムソンを呼び返した。ユベロは二人を地下室へ案内した。
「シーマ様、皆様……ご無事で何よりです。宿舎が燃え上がっているところを見た時には……覚悟をせねばならぬと感じていました。」
 暗がりでよくは見えなかったが、サムソンは深く礼をしていたであろう。
「宿舎は、燃えてしまいましたか……。」
 ユベロは何事かを考えるようにつぶやいた。
「はい、我々が来た時にはすでに潰れていました。……建物の中にいれば助かることは難しかったでしょう……。」
 オグマは思い返すように言った。
「オグマ。ドルーアから状況確認の使者はまだ来ていませんね?」
「はい。我々が来たときには、誰もいませんでしたが。」
「……これは機会です。」
 ユベロの口調はだんだんと深刻さを増していく。
「……ユベロ様、どうなされましたか?」
 微妙な変化を感じ取ったマリアが心配そうに言った。
「このまま、ドルーアの使者をやりすごし、ここを脱出しましょう。」
 ユベロはそう言った。その決断の重大さがわかったのはユベロの他にはオグマとサムソン、そしてシーマである。
「ユベロ殿下、脱出してどうするのだ。行くあてはあるのか。それに……。」
 サムソンは一同を見渡しながら疑問を発した。
「ユミナ殿とマリア殿はついてこれるのか。」
 ドルーアの都からの道は下り道とはいえ険しい山道である。そしてその山道はマケドニアの王都まで続く。しかも逃避行となればいろいろな不安がつきまとう。
「……お二方なら、二人くらい守りきれるのではありませんか。」
 しかし、ユベロはあっさりとそう言った。
「それに、脱出は全員でなければ意味がありません。何人かが残ったとして、いい結果にはならないでしょう。」
「……シーマ様も連れて行かれるのですか。」
 サムソンが尋ねた。
「シーマ殿は……自分で決断されるのがよろしいかと思います。例え脱出してグラへ戻ったとしても、アカネイアへ戻ったとしてもあまり良いことにはならないでしょうから。」
「……それは確かにそうだろう。では、シーマ様を連れて行くつもりがあるのであれば、ユベロ殿下はどうされるつもりなのですか。グルニアとて状況はそう変わらないと思いますが。」
 それは全員が知りたいところだった。もっとも、全員がその答えにある方向性を見ていた。もとより、ドルーアから落ち延びることができる先など一箇所しかないのだ。
「……マケドニアに行こうと思います。」
 ユベロのその言葉はまさに全員のぼんやりとした意図を具現化するものだった。
「私が以前よりマケドニアに援助を求めようとしていたことは皆さんご存知かと思います。この状況は、ドルーアを抜け出すことには絶好の機会です。マリア様を助けてマケドニアへ赴き、ミシェイル国王にグルニアを解放するための援護を依頼します。」
「もし、説得が失敗した場合はどうされるのですか。」
「……拘束される前に何とか逃げ出せれば上々と言ったところですね。」
 失敗時のリスクについて、ユベロは軽くそう言った。
「そうまでして……逃げる意味がありますか?」
 オグマの問いはもっともなものであったが、愚問でもあった。ユベロは、ドルーアの帝都にいる限りドルーアに押し込められたままである。グルニアの実権を取り戻すことははるか遠くのことだ。状況が悪化しつづけている以上、ユベロはなるべく早くに行動を開始したかった。それには、ドルーアに拘束されていては問題がある。一日も早くこの状況から脱出したいのだ。
 ユミナは基本的にユベロに賛同するだろう。ここにユミナに影響を与えるものはユベロしかいない。マリアはマケドニアへ向かうとなれば大きな問題は無いはずだ。それに、既にマリアはユベロに頼りきっている。
「私は……グルニアを取り戻さなければなりません。オグマにも解かっているでしょう。おそらく今動いた方が良いのです。」
 ドルーアに留まり、グルニアへ戻るときもあるかもしれない。しかし、そのときにユベロがグルニアに戻る意味は全く無くなっているだろう。ドルーア、カダイン、マケドニアがお互いに合い争うようなことになればどちらにせよドルーアにいることは危険だ。また、ドルーアの援助を受けるにしろ、マケドニアの援助を受けるにしろ、援助されることを待つよりは自分から行動を起こした方が自分が周囲に与える影響力が変わってくる。特に、グルニアの民衆の心持が変わってくるだろう。幽閉されるよりは動く。その時が今であるとユベロは判断したのだ。
 問題は、シーマとサムソンだったが、ジオルが失脚しグラがカダインについたことを考えると取れる道は大きく三つあった。一つはドルーアの力を借りること、一方はマケドニアの力を借りること、そして市井に帰ることである。
「シーマ殿はどうされますか。」
 シーマにも考えるところは多くあった。シーマは、王族の華やかな暮らしや処々の面倒ごとなどとは、できれば縁遠くありたかった。しかし、グラの窮状が伝わってくるにつれ、責任感の強い彼女はどうにもできない自分に悩まされていた。
「ユベロ殿とマケドニアへ同行いたそう。」
 ドルーアに付く道は、結局のところグラを救うことにはならない。人が住む世界でまともな世界はマケドニアにしか存在しなかった。ユベロが行くというのであれば、便乗することも悪いことではない。シーマはそう考えた。
 ユベロは常々考えている。マケドニアのやり方は上手い。状況があるていど単純化されていたとはいえ、人とは思えないほどの力を持つガーネフと文字通り人以上の力を持つメディウス。この二者のパワーバランスを上手く利用して人の治める領土をこの四年間守ってきている。同じ同盟諸国でもグルニアやグラとは大違いである。
「シーマ様に、異存が無ければ私が言うことはありません。」
 シーマとサムソンが同行することになったことで、話はほとんど決まった。
「ユベロ様、私も兄上を説得します。それに……私の事もありますでしょう?」
 マリアとの結婚はユベロの独断によるものだ。もっとも、三年以上が経ち、マリアもすっかりその気にはなっている。ユベロの行動がミシェイルに近いと言う事もあったのかもしれない。ユベロとミシェイルの、共に意に添わない父親を持ったことに対する苛立ちのようなものがマリアにも感じられたのかもしれない。
「ああ、マリア。頼りにしている。」
 ユベロは微笑んだ。
 ユベロの実行力は大きかった。もっとも、常日頃から何か事が起こった場合はマリアを連れてマケドニアへ行こうと企んでいたのだ。指示は的確である。
 マケドニアはドルーアとは陸続きだ。グルニアへ向かうことを考えればその労力ははるかに少ない。もっともグルニアに向かうようなことはユベロも最初から考えていなかった。
 オグマもサムソンも愛用の剣を携帯していたから、その部分での準備は問題なかった。あとは外の状況が落ち着いてから食料を確保して移動するだけである。オグマとサムソンには蓄えがあり、マケドニアまで行くことは障害さえなければ問題はないことだった。
 オグマが外を確認すると、散発的な隕石の飛来音と共に腹の奥底を振るわせるような咆哮が多く響いていた。竜人が竜となって戦っている姿であろう事は想像に難くなかった。ドルーアの町並みはざっとみてほぼ半数以上の建物が崩壊するほどの惨状を見せていた。
 ドルーアの使者が宿舎へ確認に来たかどうかはわからない。隕石の飛来は、間もなく止むと思われた。少々危険だが、オグマはこの場で災禍が過ぎ去るのを待つことにした。安全を確認すればできるだけ早く行動するつもりであった。

 ドルーアの首都が壊滅した知らせは、関係者にしかもたらされなかったものの一部には大きな衝撃を与えた。ドルーアの首都であるからにはマケドニアの関係者も少なくない人数が逗留していたのである。安否が不明となっているものは大勢いた。
「兄上……。ドルーアの……マリアのことは何かわかりましたか。。」
 マケドニア王家とて例外ではなく、ミシェイルの末妹であるマリアがドルーアに逗留しているままであった。特にマリアを可愛がっているミネルバの心配する様子は誰が見ても痛々しいものであった。
 ミネルバはその日の事務が始まると早速ミシェイルに事の次第を尋ねに言ったのである。
「ドルーアからの返事はまだない。」
 ミシェイルは事実のみを短く伝えた。
 ミネルバは、マリアのことをミシェイルのせいにしてしまいたかったが、そうはいかないということは解かっていた。行き場の無い怒りと喪失感の渦巻きをミネルバは感じていた。
「……何か……わかり次第、連絡を下さい。」
 流石に取り乱したりするようなことも無くミネルバは退出した。
 一度、マチスと話す必要を感じたミシェイルは、配下の一人のドラゴンナイトにオレルアンへ飛んでもらうこととした。対、ドルーア、ガーネフの戦略をこのまま進めるべきかどうかがミシェイルとしては悩みどころであった。ドルーアへ、オレルアンへと、竜騎士は最も早い伝達手段として、この日は大陸を翔け続けた。

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