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FireEmblemマケドニア興隆記
竜王戦争編
二十五章 仮面剣士
ロレンスは孤立していた。
城壁に拠り、正規軍を撤退に追い込んだ解放軍は意気が上がり、ドルーア軍なにするものぞという雰囲気が蔓延していた。いかにロレンスがドルーアを侮るな、気を引き締めろと活を入れても、なかなか全体はそういう雰囲気にはならなかった。
実際に戦闘を担当する各組織のリーダー級の間でも、その大半がロレンスが慎重すぎることに苦言を呈していた。ジェイクとベックはロレンスを連れてきた立場上はロレンスの補佐をするように動き回っていたが、その二人も内心ではロレンスの言動に疑問を持っていた。肝心の二人がその有様であったから、解放軍のまとまりはなかなか思うようにはいかなかった。
もっとも、ジェイクとベックがロレンスの方針を疑問視していたのは、ロレンスが撤退路の確保を何よりも優先しようとしていたからである。レジスタンスのリーダー達は決してドルーア軍を侮ってはいなかった。そもそも、今回のように大規模な蜂起はなくとも、ドルーアの実質支配下にあったグルニアでは断続的に発生していた武装蜂起。そのことごとくを潰したのがドルーア軍なのであるから、楽観視などしようがない。
レジスタンスでも古株はよくそのことがわかっている。だから、来るドルーアの襲撃に備えて城砦防備の準備を怠らない。ジェイク、ベックをはじめ元戦車大隊のメンバーは、場内の遠距離攻撃兵器の確認と試験を毎日行っていたし、新しく遠距離攻撃兵器を製作することもしていた。彼らに限らずとも城壁の補修、矢玉の備蓄など、やっておいたほうがいいことはたくさんあった。
しかし、それでも全体的に浮ついた雰囲気が蔓延していたのは、オルベルンを占拠したことにより、蜂起に参加する人数が膨れ上がったからだった。蜂起した時には五百人程度に過ぎなかった解放軍は、現在ではその四倍以上にも膨れ上がっていた。中には堂々とロレンスのやり方を批判する者もいた。ロレンスはグルニア国内でも国民に広く名前が知れ渡っている方の将軍であったため、その有様に失望する者が多かったのだ。
ロレンスは焦っていた。どのように取り繕ったとしてもこのままでは大きな被害が出てしまう。湖を渡って逃げる逃げ道はすでに用意した。しかし、撤退は整然と行ってこそ成功する。今のような浮ついた心でいざその時に皆がパニックを起こしてしまえば台無しである。
ロレンスは、各隊に厳命していた。ドルーアの軍を見て勝てそうに無いと判断したのであればすぐに撤退すること。これは、整然と撤退することこそが期待されている。
このままでは負ける。そして大きな被害が出る。ロレンスは考えながらも有効打を打てずにいた。
転機が訪れたのは、蜂起から五日後である。来訪者は空からやってきた。隣国マケドニアの竜騎士団であった。
ドルーアと同盟を組んでいるマケドニアは、当然、グルニア解放軍から見れば敵性勢力である。最初に使者が竜騎士一騎で飛来してこなければ、オルベルンの遠距離攻撃兵器が一斉に攻撃を仕掛けるところであった。
使者は、魔道士部隊の副隊長であり、ラドビスと名乗った。ラドビスは、名乗りを上げるとロレンスへ丁寧に礼を取った。
ロレンスは、ラドビスから受け取った書状に目を通しつつ、無言であった。ラドビスも無言でそれを待つ。やがてロレンスはその顔を上げた。
「マケドニアからの援軍か……書状は確かにミシェイル国王直々の物だ。俄かには信じられぬが……。」
書状には、グルニアの実質的な力が失われないよう、マケドニアは密かにグルニア解放軍を援護する旨が丁寧に書かれていた。その具体的な戦力は、マケドニア魔道士隊のおよそ三分の一、五十人程度。
もっとも援軍の条件として、マケドニアの援軍であることを伏せることも記されていた。これが、ロレンスには怪しく見えた。ドルーアの攻撃に内部から呼応されてしまえばひとたまりも無い。
マケドニアの主力たる竜騎士団は、魔道士の一団を降ろすと早々にマケドニアへ飛び去ってしまっていた。あれだけの竜騎士が攻撃する意図も無く飛び去り、何をしにきたのかと末端の兵士達の間であらぬ噂が飛び交うこととなった。
「今は信じていただけなくとも、今しばらくお待ち下されれば必ずや信じていただけると、陛下と、エルレーン閣下ともども確信しております。まずは、今しばらくの滞在をお許し願いたい。」
と、ラドビスは言う。ロレンスは首をかしげるだけであった。ラドビスの言うことは、その展望を何一つロレンスに見せてはいなかった。
しかし、これだけの数の魔道士が戦力として加わることは非常にありがたいことでもあった。
「それで……貴殿らはいかようにしてドルーアに相対する心積もりか。」
マケドニアの正規軍であればドルーア軍への対抗方法も少なからず、知っているはずである。だから、これは一種の試しであった。
「我々、魔道士は、主に火と、翼の竜に相対します。火には氷雪を以って、そして、翼には風を以って。」
ラドビスの説明は聞かれることを想定して用意してきたものだったのだろう。ロレンスには満足行くものであった。
ロレンスも竜についてはある程度知っている。基本的に人が太刀打ちできる強さの存在ではないから、これを破るには人でない力を使うことが考えられる。
その中で最も普及しているものが魔法であった。もともと、なぜ人に魔法が使えるのか、誰が、どう使い始めたかを知る者はカダインの中心にいる者でも少ない。しかし、ミシェイルはそれを知っていたし、エルレーンにも考えを導き出す材料は多かった。
竜族の中で、最大の数を誇っているのが火竜。翼があり、空を飛ぶことができるのが飛竜。竜を見たことがあるものに知られているのはこの二種類の竜である。
もっとも、飛竜はそのほとんどが野生化していて、自我は失われている。そして、その飛竜はマケドニア竜騎士団の騎竜となっている。
火竜は巨大な体躯で戦場を押しつぶし、炎の息で辺りを焼き尽くす。そして強靭な肉体には生半可な武器は通用しない。しかし、寒さに弱いと言う弱点がある。
ラドビスは言う。
「我々、一人一人が個別に竜へ立ち向かったとしても、その威力は知れています。たとえ弱点と言っても、相手は竜なのですから、押し切られてしまいます。我々は、基本的に五人一組で行動し、敵の火竜に対しては攻撃を集中させてこれを撃破します。」
ロレンスは静かに腕を組む。その視線は、じっとラドビスを見つめる。
田舎に蟄居していた間、ロレンスには大陸の情勢が把握できなかった。ガーネフがドルーアから離れたと言う話は聞いていたが、真偽を確かめる術は持っていなかった。いろいろと噂は飛び交っていたが、確実そうなものは無かった。
マケドニアも相変わらずだと考えていた。国王ルイが倒れたグルニアに比べ、マケドニアは英明な君主が長らく国を治めている。
ほかの多くの地域と異なり、マケドニアはこの四年間に揺さぶられることはなかった。四年前、ドルーア一色となった大陸ではあったが、マケドニアはドルーアとの同盟を堅持しつつ、国力を蓄えることに心血を注いでいた。
ロレンスからは、マケドニアとドルーアの関係、カダインとの関係がどのようなものか深く知ることは無かった。
マケドニアがグラでカダインとグラの連合軍に大敗したという噂はロレンスの耳にも入っていた。
しかし、これは、マケドニアがドルーアと組んでガーネフのカダインに対抗しようとした証拠にはなっても、ドルーアとマケドニアの仲までは推し量れない。マケドニアとドルーアの関係に水面下で何かあったとしてもロレンスにはわからないのだ。
だからこそ、マケドニアからの援軍に躊躇する。意図が全くわからないのだ。
確かに、内側から切り崩される可能性もあったのだが、ドルーアがそれほど回りくどい仕掛けをしてくるとは思えない。以前の戦争の実績から考えて、それはガーネフが扱う類の策略だ。ロレンスが見て、この城砦でドルーア軍を止めることができるとは思えない。ドルーアの兵力を考えれば、ドルーアも同じことを思うはずだ。ドルーアが攻撃をしてくるとすれば、そのような策略を使わなくても、竜の十体も行使することができればドルーア側に被害らしい被害は無く解放軍は崩れ去るだろう。策略を行う可能性があるとすればマケドニアから提案された場合だけだ。
マケドニアにそのような策略を用いる意味があるかどうか。そこまで判断できる情報をロレンスは持っていない。
「貴殿らの考えは理解した。……しかし、今すぐに色よい返事をすることもできぬ。部屋は用意させてもらうゆえ……しばらく、動かずに待機していてはもらえないだろうか。」
迷った末に出した結論は、結論とは言えないものだった。ロレンスからでも彼らを信用しきることはできなかった。もし彼らが本当に援軍で来てくれたのだとしたら、私は随分と失礼なことをしている。ロレンスはそう、苦笑した。
「よろしいでしょう。」
しかし、ラドビスは、丁寧に頭を下げその言葉を受けた。
「……ラドビス殿……我々を信頼させる何かがあるようなことを言っておられましたな。それをこの場で教えてもらうわけにはいかぬのか?」
ラドビスは落ち着いていた。もっとも、半分は敵地であるようなところへ乗り込んで来ているのだ。エルレーンもそれなりの人選はしている。もっとも、ラドビスが欺瞞に満ちた行動をしようとした時でも同じように落ち着いていられるかは、ラドビス自身にもわからない。
「ロレンス殿、確かに我々はあなたを納得させることができるだけの手札を用意してあります。しかし、それは今私が空手形としてあなたに渡したとしても、あなたにとっては何ら意味の無いことです。……少し説明しますと、我々が援軍となることは、もう一組の援軍の方から説明される予定でした。今時分の空の旅路は天候も穏やかでそれほど時間が左右されることは無いはずなのですが……手違いで我々のほうが先に到着してしまいました。ですから、貴殿が警戒されるのは当然のこと。その警戒が無くなった暁には、我々の働きを存分に見せて差し上げましょう。」
魔法使いと言う人種は回りくどい言い回しをする。ごく単純に言えば、後から来る人物が全てを握っていると言うことだ。
その人物の存在は言葉で言っても信じてもらえないが、実際に会うことができれば問題は無くなる。解放軍にとってそのような人物はかなり限られるのではないか。と、ロレンスは考える。
「わかった。それでは我々はその人物の到着を待つとしよう。」
これ以上貴殿からは何も聞き出せそうも無い。と、ロレンスは言葉を飲み込んだ。今は信用できなくても味方してくれるかもしれない者たちだ。変に皮肉など言わないほうがいい。
ロレンスは一人の下士官に彼らの部屋の手配を頼んだ。ラドビスが去ったのと入れ替わりで、ジェイクとベックを始め、解放軍の有力な実力者達が、ロレンスの元へやってきた。今まで応接室だったロレンスの執務室は、たちまちの内に会議室へ姿を変えた。
無論、彼らがやってきたのは不意の来客についてである。まず、ロレンスは彼らの概要を伝えた。室内は途端に騒然となった。
有力者達は、マケドニアからの援軍など信用できない、直ちに追い出せという意見が大半を占めた。解放軍は言うまでも無くグルニア出身の者が大半を占めている。マケドニアの援軍は単純に考えて受け入れることができるものではなかった。
マケドニアの目的は不透明すぎた。なぜ、マケドニアがグルニアを助けようとするのか、その理由は全くわからなかった。無論、マケドニアの側にはユベロ王子への援護と言う意味があるのだが、そのことはラドビスですら知らない。
もっとも彼らも、マケドニアが説明のための何かを持っていると言われればそれで納得するよりほかはなかった。ロレンスはもう一群の援軍到着を待ってから最終的な判断を下すという方針については強く発言した。結局、それが決め手となった。
翌日、マケドニアから更に二人が訪ねてきた。ロレンスにそれを伝えにきた伝令はなぜか歯切れ悪くそう伝える。その二人は、ロレンスの執務室へ通された。
仮面を着けた奇妙な二人組みであった。ロレンスは息を飲んだ。仮面を着けていて、やや髪を短くしているが、ロレンスの目の前にいる人物はロレンスが良く知っている人物に間違いは無い。その人物はロレンスへと丁寧に一礼した。
「ロレンス殿とお見受けします。マケドニアの一軍を統括させて頂きます、シリウスと申します。」
ロレンスは目を見開いた。そのような馬鹿げたことがあるはずはない。目の前の人物は間違いなくカミユ将軍その人である。長らく聞くことは無かったが、声も確かにカミユの声だ。
ロレンスからはカミユとしか思えないシリウスと名乗ったその男は、不思議なことにグルニア黒騎士団の制服に身を包んでいた。もっとも、制服からはグルニアの徽章は外されていた。
「閣下……。」
ロレンスはついこぼしてしまう。
「ロレンス殿、いかがなされたか。」
シリウスの声でロレンスは我に帰る。これはどのような茶番なのだろうか。
目の前の人物はカミユその人であることは間違いない。しかし、マケドニアからの援軍として違う名前を名乗っている。カミユがグルニアを裏切ることがあるだろうか。いや、それこそ天地が逆転したとしてもありえない。
それではなぜ、マケドニアの軍中にカミユはいるのか。ロレンスはその理由を見出すことができない。
「シリウス殿……マケドニアはなぜ我等を助けようとなさるのか。」
シリウスは答える。
「……マケドニアの、ミシェイル……陛下はドルーアと同盟を結んではいるが、大陸が竜の物になることを望んではいない。私は知らぬが……私がここへ来たこと以外にも多くの手を打っているようだ。本当のところは、私を含めてほとんどの者が知らぬ。知っているのは、陛下と……右腕のマチス閣下くらいのものだろう。ミネルバ殿下にしたところで、どれほど知っているかはわからぬ。」
ロレンスは考える。
カミユがマケドニアと組んで、解放軍の援軍に駆けつけたとしたのならば、それはカミユがグルニアのためと考えてやっていることに他ならない。それでも、マケドニアが反ドルーアの立場だということはロレンスには俄かに信じられない。
信じられない?果たしてそうだろうか。
ルイの病状が悪化し、ルイの名代として出席したドルーアでの同盟会議。会議とは名ばかりのメディウスの決定を各国に知らせるその会合で、唯一対等に見えたマケドニアのミシェイル。対等に見えたのはドルーアに反発する精神をミシェイルが持っていたからだろうか。実際にはマケドニアも、メディウスの言うことを聞いていただけだというのに。
「シリウス殿、そなた達の援軍はありがたい。しかし、相手はドルーアの正規兵だ。竜も少なからず含まれるであろう。私の見たところ、勝ち目は無いに等しい。」
「その認識は正しくありませんな。」
と、シリウスは口を出す。
「我々は、あなた方を勝たせる為に来たのです。マケドニアはグルニアがその実権を取り戻すことを望んでいます。この援軍はそのためのものだと考えていただきたい。」
「ああ……。」
マケドニアの思惑はどのようなものにしろ、目の前のシリウスと名乗る男、この男がそう言うのであれば信じることができる。ロレンスはそのような気がした。その男は、その男が動くときには全てを達成してきたのだ。そこに大きな安心感がある。
「つかぬ事を伺う……貴殿は、シリウス殿であるのですな。」
馬鹿な質問であった。そもそも、そうでないと答えられたらどうするつもりなのか。
「私はシリウスだ。それ以外の何者でもない。」
と、男は断言した。目の前の男がそう言う以上、ロレンスは男をシリウスとして扱う他は無かった。だが、ロレンスはこのシリウスと名乗った男がカミユ本人であることは確信していた。
「ところで、そちらの方はどなたですかな?」
ロレンスとシリウスが話している間、シリウスから一歩下がって黙って立っているもう一人の仮面の男がいた。ともすれば、存在すら忘れそうになりそうなほど気配の静かな男だった。
この男は黒騎士団の制服をまとっているわけではない。ただ、動きやすそうな服装をまとっていた。
「彼は、サムス。私と同じようにグルニアが勝利を得ることを助けるために来た。」
「サムスだ。よろしく頼む。」
紹介された男は、ただそれだけを言った。
「この通りの男だが、剣を握らせれば誰よりも腕が立つ。私ともども、よろしく頼む。」
と、シリウスは頭を下げた。後ろのサムスと言われた男はそれでも立っているだけであったが。シリウスよりも剣の腕が立つと紹介された部分がロレンスには気になったが、ロレンスがサムスへ視線を向けてもその男は何ら反応することは無かった。
ともかく、ラドビスが言ったとおり、ロレンスにとって彼らの存在は信頼感を得るのに十分な存在であった。
ロレンス自身も、理性的な判断よりも感情面が先に立っていることは指摘されるまでも無く認識していた。しかし、シリウスはどのようにしてドルーアとの戦いを行おうと言うのか、ロレンスには検討がつかなかった。城砦防御用の遠距離攻撃兵器、城壁からの魔法の一斉攻撃。竜に対して取られようとしている戦術はこういった遠距離攻撃ばかりである。逆に接近しては勝ち目がないという認識がロレンスはじめとする解放軍にはあるし、援軍としてきたマケドニア軍にもあるはずだった。シリウスは指揮に回るのだろうから問題はないとしても、サムスと名乗る男がどういう動きをするのかが、ロレンスには疑問であった。
それでもロレンスはマケドニア軍の援軍を受け入れることを、強権的に決定した。マケドニア軍には城砦内の一角を逗留地として与えた。受け入れた以上、城内を自由に歩くことも認められたが、彼らも自分達の立場を理解しており、むやみに出歩くようなことは無かった。自由が与えられたのは戦闘となったときに彼らが彼らの判断で自由に動くことができるようにするためでもあった。結局、ロレンスは、魔道士以外の二人、シリウスとサムスが、ドルーア軍に対してどのように戦おうとするのか、その方法を聞くことができなかったのだ。
解放軍の会合には、マケドニア軍からはラドビスが出席し、責任者であるはずのシリウスは出席することはなかった。
翌々日、食料や矢玉、各種武器など、かなりの物資が三回にわたってマケドニア竜騎士団よりもたらされた。物資は、ラドビスより、解放軍で自由に使用してほしいとロレンスに伝えられた。困窮したグルニアからぎりぎりでやりくりをしていた解放軍の士気はこれによりかなり上昇した。現金なもので、一般兵の間にあったマケドニアに対する不信感もかなり薄れた。
ドルーアとの戦いの準備が行われる中、珍しくシリウスとサムスが練兵場で手合わせしていたことがあった。二人とも大きな剣を両手で扱っていた。模擬戦はほぼサムスの方が優勢で、シリウスがたびたび剣を突きつけられる場面があったと言う。
ロレンスはこの話を聞いて驚いた。確かにカミユの十八番は槍であるから、剣を扱わせれば一歩は劣る。それでも、並みの者には太刀打ちできない腕は持っているはずであった。実際、ロレンスも数度手合わせしたことはあるが、年齢差もあって、ついぞ一回も勝てたことがなかった。むしろ、グルニア国内にハンデを付けずにカミユに勝てる者など存在しない。
あのサムスと言う者も何者であろうか。剣でカミユ並みの声を聞くことがあるのはまず、アカネイアのアストリア。しかし、そのような感じではない。巷間から聞くところによればオグマとナバールと呼ばれる名前が挙げられる。どちらかの人物であろうかともロレンスは考える。
どちらにせよ、サムスもシリウスと同様に仮面を外そうとしない。だとすればロレンスがその素性を調べるわけにもいかなかった。
ドルーアの軍がグルニアへ上陸したとの報告があったのは、それから十日ほど経った時であった。
グルニアで反乱が起きる可能性がある。ミシェイルがマチスにそう聞いたのはもう一月も前のことだっただろうか。
もっとも、それ自体はマチスが取った策の一つであるからマケドニアとしては計画通りである。しかし、マチスはそれから、ガーネフを破る前にグルニアで反乱が起こる可能性があることを指摘した。
「そうか……ご苦労だった。エルレーンにこのことを伝え、またしかるべく取り計らうよう伝えよ。」
その時はミシェイルもそれほど深くは気にすることは無かった。だから、状況の解析と対応策はエルレーンとマチスの間で主に行われた。最終的にマチスとエルレーンが合同で出してきた対策案について、ミシェイルはその内容に驚きつつも許可は出した。
しかし、その事態が現実になると、マチスの策にも少しほころびがあったのではないかともミシェイルは思う。無論、方針を決定しているのはミシェイルだから、マチスのせいにするつもりはない。
目下、ミシェイルが最も不安視しているのは、ガーネフ強襲作戦の成否であった。ユベロは未だガーネフの居場所をつかめていないと聞く。このような時、魔道の機微を知らない自分が恨めしかった。
二日後、ミシェイルの元にはドルーアから、グルニアへの派兵要請が届いていた。ミシェイルは返信を認めると、二日ほど待ってからそれを返した。返信には、マケドニアはガーネフへ対しているために余剰兵力を持っていないと、断りの文言が書かれていた。これらも全て予定通りである。
しかし、この先のことになれば、マチスから最悪の事態を示唆はされていた。ユベロがガーネフを仕留めることができ無い場合、グルニアの反乱軍は持って半年程度であろうと。限界が来ればグルニアの解放軍にはこちらの指示で離散させざるを得ず、それは非常に難しいことであること。また、この場合、アカネイア中央を奪取することもできず、しばらくにらみ合いになってしまうこと。
ここまで準備したのだから長期戦にしたくは無い思いはミシェイルも持っている。それでも、今回の仕掛けが、引き際を見誤ればマケドニアを危地に追いやることもわかっている。
戦略の幹は、マケドニアがガーネフを滅ぼすまでは、マケドニアがグルニアの解放を支援していることをドルーアに知られないこと。そのための打つ手はまだまだミシェイルの手の内に存在していた。
斥候からの報告によると、ドルーアの軍勢、その数はおよそ二千。力任せの蛮族兵がほとんどで、竜人の姿は斥候からは見ることができなかったという。
ロレンスが想定するドルーアの軍と違いは無かった。ドルーアは竜人の他に組織だった軍事力を持っていないので竜人以外の戦力は帝国再興時に傘下に入れた周辺部族の戦士達を登用して使っている。統率は取りにくいが力はある。
ドルーア再興前は、マケドニアの北西山岳部と言えば未開の地であった。マケドニアも、旧ドルーア帝国の領地であった一帯にあえて手を付けることはなかった。このため、現地に人は住んでいたものの、とても文化的な状態と呼べるようなものではなかった。
ドルーアは、兵の数を揃えるために彼らを自国へと組み入れた。外から見える彼らは決して主力ではない。単なる数合わせである。
もっとも、グルニアへの上陸へ蛮族の兵を使うと言うことは苦し紛れの策でもある。ドルーア帝国は突然再興したが故に、竜人以外の固有兵力としてのまともな兵力は保持していない。だからこそ、グルニアやマケドニアを自陣営に取り込んで利用する必要があった。
情勢が落ち着いた後は、グルニア軍はほぼ解体した。ここまではドルーアとしても問題は無かった。しかし、ガーネフが離反し、マケドニアがガーネフに相対している状態の今は、ドルーア単体で事に当たらなければならない。
竜人以外まともな戦力がいないことが、ドルーアが内在させている弱みではあった。もっとも、ドルーア以外から見ればそのようなことは弱点でもなんでもない。竜人は一度竜となってしまえば並の兵士が百人程度ではとてもかなわないのだ。
グルニア解放軍でも、その蛮族兵の中に隠れた竜人の数。真のドルーア軍の力こそが欲しい情報であったが、そこまでは斥候の力ではわからなかった。しかし、ここまでは考えていた範囲内であったロレンスは覚悟を決め、兵士達の配置を行った。
翌日、敵の姿は城壁からはっきりと見える位置まで近づいていた。すでにオルベルンの城門はしっかりと閉じられている。辺りは緊張した静寂に包まれ、聞こえることといえば時折ドルーアの軍中から奇妙な雄叫びが響くのみであった。
オルベルンの遠距離攻撃兵器は、敵の姿が見え出してもじっと沈黙を保っていた。遠距離攻撃兵器は未だ命中精度を高めることができていない。対人で使うのであれば、ある程度の集団の中に打ち込んで初めて効果を発揮する。今回の場合、目標とするのは敵の竜である。敵は、城からの弓矢が届かないよう十分離れたい地に陣を張っている。遠距離攻撃兵器から見れば、位置的には十分に射程範囲内であるのだが、今回に限ってはまだ撃つことは無い。
明け方からにらみ合いは数刻続いた。靄が晴れたころ、ドルーア軍は動いた。陣の中から五匹の赤く巨大な竜が忽然と現れた。
竜の咆哮が轟いた途端、オルベルン城は喧騒に包まれた。
「撃て!」
と、ジェイクの号令が掛かる。木製のカタパルトから、大人の男性の背丈ほどもあろうかと言う巨大な杭が、唸りを上げて敵陣へ飛び出した。しかし、敵陣は多少混乱こそしたものの、竜の動きに変わりは無く、竜達は城へと向かって歩き始めていた。一回目の斉射は、竜には何の影響も及ぼさなかった。
ジェイクは舌打ちした。整備を重ねてきたと言うのに命中精度に難がありすぎる。だいたいの攻撃は竜の後ろに飛び去ってしまっていた。
不気味な地響きをさせて竜が近づいてくる。竜の背丈はオルベルンの城壁と同じ程度、人から見れば七、八倍はあっただろう。ロレンスは、城壁に立ってじっと竜を見つめていた。
遠距離攻撃兵器は一回放ってしまうと再度装填する為に時間が掛かる。距離から角度を測り二度目の一斉射撃を行った。今度は二発ほど竜へ飛び込んだが、角度が悪かったか軽くなぎ払われてしまった。
そうこうする内に竜は城壁へ近づき、その口を大きく開けた。城壁に拠っていたラドビス配下の魔道士や弓箭隊は一斉に城壁に身を伏せた。
竜が吐き出した炎の息は、正面からはゆっくりと迫っているように見えた。実際には一瞬で城壁にたどり着き、辺りを薙いだ。壁が熱せられ、構造のもろいところがはげて落ちた。息を直接浴びず、隠れている者も周囲の熱さに汗を噴出させていた。
城内の大部分の兵士は、ことの成り行きを固唾を飲んで見守っていた。彼らは多少数が揃っていたところで、竜との戦いには全く無力であった。遠距離攻撃兵器の周りに人は集まっていたが、ただそれだけであった。ロレンスの言っていたことは決して誇張ではなかったと言うことを、この時、皆が思い知っていた。
竜の炎をオルベルン城壁の一面を焼き、周囲は炎の海と化していた。炎の中にあって、近くの様子をうかがい知ることもできなかった。油断して炎を浴びれば全身丸火傷。よほど運が良くない限り命を失う。しかし、猛烈な熱の中、魔道士達は機会を窺っていた。
強烈な炎の洗礼も収まる時が来る。機を見て城壁に躍り出た魔道士達は連携を取ることもせず、次々と氷雪の呪文を唱え始めた。一気に周囲の気温が下がる。やがて十分な大きさを持った冷気の塊は、魔道士達の手を離れ竜へと一斉に襲い掛かった。
巨体の竜はそれをよけることもできずにまともに食らった。腕で払いのけようとした竜は腕を凍らされてもがき苦しんだ。より一層の咆哮が辺りを振るわせた。
「隙を作るな。どんどん放て!」
ラドビスが命じるまでもなく、魔道士達は次々に氷の呪文をぶつけた。もはや、竜たちはもがき苦しみ、攻撃どころではなくなっている。
ロレンスは目を見張った。
「押して……いるのか?」
それは、ロレンスだけでなく、全ての者が始めて目にした竜が倒されようとしている瞬間であった。氷を纏った空気が容赦なく降り注ぐ。魔道士達は全力で竜を攻撃した。もはやあたりから炎の気配は完全に消えていた。
五体の竜の内、二体が崩れると、残りの三体は後退を始めた。後ろから魔法攻撃は続き、さらに二体が動かなくなった。最後の一体は陣に逃れ、おそらくは竜としての形を解いたのであろう姿を消した。その一体も、もはや満身創痍であるに違いなかった。
オルベルン城内は歓声に沸いていた。すでに勝った気分でいる者もいる。一方、ロレンスは呆然としていた。
魔法の力を借りることができなければ確実に負けていた。城の中で喜びの声を上げているものたちはなんら勝利に寄与しているわけではなかったのだ。
ロレンスは城壁の上を見渡す。そこには竜を撃退し、一息ついている魔道士達の姿があった。今のところ、味方すると言うマケドニアの言葉は信用できそうである。でなければ、誰が竜との戦いなどと言う死地に好んで赴こうとするのか。彼ら魔道士にしたところで、少し間違えれば命を落としていたに違いない。炎の息の威力が城壁の中まで伝わっていれば、城壁が竜の体当たりなどで崩れていれば、無事に済むわけがない。
城壁の外はひどい有様だった。住人にはもちろん避難してもらってはいたが、辺りは一面に張った氷が溶け出し、泥濘となりつつあった。城壁の内部に家を持てなかった者達の家が城壁の外には点在していたが、城壁の近くのそれらは潰され、崩れ落ち、もはや本来の役に立つとは思えなかった。
他の多くの城砦と同じく、オルベルンの城門も木製であったが、本来の城門は完全に焼け落ちていた。内側から補強された石材がむき出しになっている。炎による攻撃を想定して、破られないように突貫作業で作成した内壁だった。さすがに無防備に門を破られるようなことにはなっていない。
今回ばかりは、オルベルンの堅牢さにロレンスは感謝した。備えが無ければ、竜に一掃されて終わりである。
ドルーア軍は自陣に引いた後、動きを見せない。徒歩の蛮族兵も攻めてくる様子は全く無かった。解放軍はその間に交代で休憩を取った。
ふと、ロレンスは気がつく、シリウスとサムスを見かけない。ラドビスに聞いても
「あの方々は、あの方々のなすべきことを行われています。ロレンス殿の心配には及びませぬ。」
と、言う。
もとより、心配する必要のない人ではあるのだが、さすがに姿が見えないとなると気になった。シリウスが指揮官的立場であるのならば、ロレンスから見える位置にいるだろうから、何らかの形で単独行動をしていることは間違いない。
もっともロレンスはすぐにそのことを頭から追い出した。もともとシリウスを含め、マケドニアからの援軍には解放軍の邪魔にならない範囲で自由に行動してくれるようお願いしている。そもそも、武力に抜き出ている二人なら、ほとんど心配は要らない。無茶なことはしないだろう。
ロレンスの意識は、再び沈黙を続けている敵陣へ向いた。これほど不気味な対陣はロレンスの長い武人人生の中でも始めてであった。昼を過ぎても一向に動き出さないドルーア軍に対し、ロレンスは遠距離攻撃兵器で攻撃することを命じた。
結局、遠距離攻撃兵器は敵陣への威嚇という本来の用途で使われることになった。
一回、二回と撃ち込まれるが、敵陣にさしたる動きは無いように見えた。しかし、やはりまた忽然と竜が姿を現した。その数は四体。
「なっ。あれは。」
ラドビスが声を上げる。四体の内、二体は先ほど攻撃をかけてきた竜と同種の竜であったが、他の二体はどす黒く禍々しい色の皮膚を持った違う種類の竜であった。
ラドビスはそれがどのような存在であるか知っていた。魔竜。竜族の中でも上位に属しており、魔道の技が極端に効き難い存在である。
「黒いのには構うな!火竜だけ確実に仕留めよ。」
ラドビスが配下の魔道士達に叫ぶ。魔道士達が準備をしている間にも竜は近づいてきていた。間の悪いことに竜たちは魔竜を前に進んできている。これでは魔法を当てることができない。
魔竜が息を吸い込み始めた。毒の息を吐き出す予兆だった。解放軍の側では合図とともに皆一斉にその姿を隠した。
明らかに人のものではない、大きな叫び声が辺りにこだました。しかし、予想された衝撃は襲い掛かってくることはなかった。皆、息を潜めるしかなかったが、城壁の外の様子がおかしいことは気がついていた。
叫び声は断続的に響いていた。たまらずに、一人の兵士が制止を聞かずに様子を見に出た。
黒い竜はのたうちまわっていた。赤い竜は戸惑っていた。二人の剣士が、それぞれ黒い竜に斬りつけているのが小さく見えた。竜は確かに傷つけられ、奇妙な色の体液を夥しく振りまいていた。
遠目には致命傷を与えているのかどうかもわからない。それでも、竜は確実に弱ってきていた。二人の振るう大きな剣が竜の体を捕らえるたび、竜に確実な傷を付けていた。竜もなんとか反撃をしようとしているが、その動きはすでにゆっくりなものとなっていた。
やがて、竜は前のめりに倒れて動かなくなった。火竜はそれを見ると進軍を止めた。若い兵士は、仲間へ知らせることも忘れ、その光景を呆然と眺めていた。
竜が倒れ伏したのを見て、カミユは竜を切り裂いた剣をじっと見ていた。ラーマン神殿で遭遇した竜と今回の竜、防御の面でそれほど違いがあるようには見えなかった。しかし、マケドニアから託されたこの剣は、その何物もはじくかと思われた竜の硬い鱗をまるで薄絹でも裂くかのように簡単に切り裂いた。
竜の相手は、考えていたよりは楽であった。竜は体躯には勝っていたが、その分動きが読みやすかった。大振りな腕や首の攻撃は十分反応してよけることが可能だった。
大切なことは最初に一気に近接すること。近接することで竜の息吹を封じることができる。至近に相手がいては竜も息を吐くわけにはいかないのだ。
もっとも、今まではカミユやナバールなどでも、それらの理屈がわかったとしても竜に勝てることはなかっただろう。二人はラーマン神殿での竜との戦いで、竜には全力で剣を振りかぶったとしても全く傷を付けることができないことを思い知っていた。
カミユはもう一度剣を見る。普通に使う分にはいささか大きくはあるが、見た目は普通に両手で扱うバスタードソードだ。大きいなりの重量もあるし、刃が特に鋭いと言うわけでもない。そんな剣が竜を相手にしたときには、簡単にその鱗を裂くことができた。今まで、誰も試してはいなかったのだが、確かに剣はドラゴンキラーとしての性能を持っていた。
サムスと名乗ったナバールと、シリウスと名乗ったカミユ。マケドニアが二人に託したのは魔道が効かない竜が登場してきた場合の対処であった。そのために二人に貴重なドラゴンキラーを手渡した。二人は半信半疑ながらも魔竜の懐に入り込み、その胴を薙いだ。鱗にはじき返されることが予想された一振りは、そのままさしたる抵抗もなく振りぬかれ、後には魔竜の叫びが響き渡った。その後、ひるんだ竜を圧倒することは二人にとっては難しくない仕事だった。
魔竜が倒れた後、二人は残った二体の火竜を警戒し物陰に隠れていた。二体の火竜は動きを止めていた。やがて、二体の火竜は背を向けるとゆっくりと後退して行った。
「……追うか?」
ナバールが聞くがカミユは首を横に振る。
「深追いはやめよう。敵陣に攻め込むことが我々の役目ではない。」
ナバールも頷く。
二人は、再び物陰に隠れると、警戒態勢に入った。いつまた竜が出てくるかわからない。戦闘が落ち着くまでは警戒を続けるつもりであった。
竜を撃退したことがわかると、城内は再び歓声に包まれた。火竜の後退が確認されると、ロレンスはジェイクとベックに敵陣へ攻撃を行うよう命令した。備え付けの遠距離攻撃兵器は断続的に敵陣への攻撃を行った。そのためか、敵軍は火竜がその姿を消すとすぐさま全軍が後退した。
カミユとナバールは、ドルーア軍が撤退したことを確認すると、城へと帰還した。ロレンスとラドビスが仮面を着けた二人を迎えた。歓声の中、カミユが扮するシリウスを一目見ようと兵士の多くが押しかけたが、カミユは姿を見せることはなかった。
戦勝に沸く中、ロレンスは各種設備の状況把握と補修を命じた。竜が迫ってきていた東の城壁は黒く焼け焦げ、積まれた煉瓦は数多く崩れ落ち、城壁の根っこにうず高く積もっていた。遠距離攻撃兵器の確認はジェイクとベックが主導して行っていた。竜に対しては無力でも、敵陣を牽制する役目は果たすことができるこの機械は、ロレンスにも十分有用な武器であるとの認識を持たせた。
ドルーア軍は遠距離攻撃兵器の射程外で数日陣を張っていたが、その後に撤退を開始した。それを確認したロレンスはほっと胸をなでおろした。
城内の多くの者は勝利を得たことを喜んでいたが、直接ドルーア軍を攻撃したラドビスやカミユ、ナバールはそうも言っていられなかった。ドルーアの攻勢がある限り、今回のような防衛戦闘は続くのだ。決して楽に勝っているわけではない。どこかで流れを変えなければいずれ追い詰められることは目に見えている。
ロレンスが、名前を隠しているカミユを当てにすることはできない。皆、勝利に浮かれているが、今はただオルベルン城を占拠したのみでグルニア全体を解放できたわけでもない。最初の戦いすら勝つことはできないと考えていたロレンスであったが、今度は今ある勢力でグルニアを解放していく段取りを考えねばならない。ロレンスにとっては、タリス統一戦争時の活動よりも難しいものに見えた。
しかし、ロレンスは執務室で一人になり、知らずに笑みを漏らしていた。カミユが表に出ることができないと言うのなら、グルニアで他に動く者がいないというのなら、今、それをなすことが可能なのは自分しかいない。
竜への戦術はマケドニアが長い時間を掛けて研究してきた者だったのだろう。確かに余裕は無いが、ドルーアの竜が決して無敵ではないことは証明された。この局面で後に引いてはならない。
ロレンスはジェイクとベックを呼ぶと、これからの方針を模索し始めた。なるべくマケドニアに借りを作ることなくグルニア全土をドルーアより解放する。そのシナリオを書くために、手に筆を取ったのだ。