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FireEmblemマケドニア興隆記
 竜王戦争編
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三十三章 相容れぬ者

「ゼムセル殿いかがなされた。」
 メディウスとの謁見を終わりゼムセルは城内にある軍の詰め所へと戻った。ゼムセルを出迎えたのはドルーア軍中で傭兵を取り仕切っているホルスタットである。ゼムセルが代表して軍の体制が整ったことをメディウスへ報告するということもあり、ドルーア軍の主たる者達がその場には集まっていた。ゼムセルがあからさまに不機嫌な表情をしていたことに、その場にいた者達は何事かと動揺し掛ける言葉がなかなか出てこなかった。
「……陛下はマケドニアとの講和をお望みだ。」
 ゼムセルは、勧められた椅子に腰を掛けることもなくはき捨てるように言った。
「何と!」
 その場の誰もが予想していなかったことだった。ドルーア軍は体制の再構築を完了していた。ホルスタットはてっきりどこかを攻略する指令が発せられるものだとばかり思っていた。
 傭兵を指揮するホルスタットはともかく、ドルーアの竜人達の戦意は旺盛だった。アリティアとアカネイアから撤退を余儀なくされ、グルニアの反逆も抑えることができていないドルーア軍であったが、竜の力の前には人など無力だと言う固定観念は簡単に覆るようなものではなかった。メディウスの見立てはゼムセルからそれぞれに伝えられはしたが、そもそもそのゼムセルが講和に懐疑的であったのだから、メディウスの正確な意思が伝わるわけはなかった。
 各地から撤収してきた各軍には竜人はいない。指揮官クラスの竜人はみな戦死してしまっている。残った傭兵達は、今のマケドニア軍とは戦いたくはないとその大部分が考えていた。ホルスタットもその考えには頷くべきところがあった。
 しかし、ドルーア軍において、周辺部族の徴用や傭兵の雇用などの形で整えた竜人ではない部隊に、多くの発言権はない。ホルスタットも基本的にはこれに準じている。今はただゼムセルと周囲の竜人達が喧々囂々と怒鳴りあっているのを静観しているだけである。
 もっとも、ホルスタットも傭兵達の中から指揮ができそうな者を無造作に取り出して選ばれたような指揮官である。このため部下達を気遣うとか、被害を抑えるように戦うとか、そのような意識は低い。いざ戦いとなれば、近しい者で周囲を固めて後は攻撃を繰り返す。それでも、この方法でも実績を作っているから、それなりの信用は得ている。
「マケドニアと講和して何とするのだ。我らにこの山奥に隠れるようにして時を過ごせと言うのか。」
「これでは人間に大陸を盗られたも同然だ。我らの力を彼奴らに知らしめ、この地を我らのための地とすることこそ長く耐えてきた我らの悲願のはず。」
 竜人達の議論は加熱し、次々とメディウスの決定を非難するような発言が飛び出た。そのような中、一人の竜人がつぶやいた一言が一瞬の静けさを場にもたらした。
「陛下は……まだ城の外へ動くことはできないのか?」
 ゼムセルが首を振りつつそれに答える。
「……忌々しきはナーガの作り出した封印よ。陛下が言うには一時は封印の力は弱まる一方であったが、近頃ではまた力が増しているそうだ。」
 竜人達はどよめいた。
「では、深層の地竜族達は……。」
「絶望的だ。」
 竜人たちは押し黙った。そのような者達をゼムセルは見回す。
「そなたらは何を期待しておる。残念だが、我らとしても彼らは封印しておくしかない。彼らは既に竜としての理性を保ってはいない。我らにも御することはできぬぞ。」
 ゼムセルは諭すように言う。ナーガによって竜の祭壇に封じ込まれた多数の竜達。彼らが戦力として加われば、今の人には対抗するだけの手段はない。しかし、竜という種の衰退自体の影響で彼らの理性は崩壊し、野に放たれれば力を失うまで暴れ続けるだけのことである。
 メディウスやゼムセルに限った話ではなく、他の竜人達にしてもそのあたりの事情は十分に承知しているはずであった。しかし、折に触れてそのことを口に上らせる者がいる。
 別段、決まった者ではない。種として滅びようとしていること自体が自然とそういった言動を取らせるのかもしれない。ゼムセルすらも時折そのように考えることがある。
「ゼムセル殿、我々だけでどうにかすべきではありませぬか?」
 と、そのような声が上がる。勢いに乗り軽く口に出てしまった言葉ではあろうが、それは批判を超えメディウスの意向を決定的に無視する意見であった。
「……待つがよい。竜の力で人を支配することが我々の願いである。この地は我々のものであり、他の何者にも譲ることのできぬものだ。だが……。」
 ゼムセルは粛々と語る。
「我々には数が足りぬ。この場にいる諸兄らには記憶にも鮮明であろうが、この地がガーネフの強襲を受けた際、多くの同胞がその魔力の前に散った。よいか。ガーネフは人だ。もはや我々は人に対して絶対的な優位ではない。」
 ここまでに、少なからぬ数の竜人が人との戦いで倒れている。ゼムセルもメディウスに言われるまでもなくある程度の現状は把握している。
「ゼムセル殿!かと言って、このまま黙して滅びを待つは我らには許されぬことですぞ。」
 ゼムセルから話を聞いていた竜人から声が上がる。
「そのようなことはわかっておる。」
 ゼムセルが声を荒げる。
「そなたらに問いたい。我らは遠からず滅びる。次には人の世が来るであろう。マケドニアと講和が成れば、このドルーアの地で、少なくとも平穏の内に滅びることはできよう。それを望むか。」
 ゼムセルが皆を眺める。
「何をわかりきったことを。」
 さきほどの竜人が答える。
「我らは、人の下に在ることはない。人と並び立つ事もない。常に人の上に在らなければ竜ではない。我らが、我らの意思を裏切ったナーガと同じ所へ墜ちる謂れはない。私は、この地で終わる運命を受け入れることはない。」
 ナーガにメディウスを封じられた後、竜人となってもナーガに反対する者達はその動きを完全に封じられてしまった。竜人が竜としての力を発揮できない時代が多く続いた。メディウスの動きは、そのような不平分子を引き連れて起こされたものだ。メディウスが封印された後、ナーガも亡くなり、今の時代にナーガの遺志を継ぎ人を保護する竜人は極少数である。
 メディウスの封印が解かれ、一時はドルーアの元に大陸は支配された。それも今になって振り返ってみれば、元の領土へ押し込まれ身動きができなくなってしまっている。
 その元凶の多くはガーネフにもあったはずだが、今は全ての目がマケドニアへ向いている。大陸の主導権は確実にマケドニアにある。具体的なことは誰も何も言いはしなかったが、竜人達の全てがマケドニアを滅ぼす必要があることを感じていることは、ゼムセルには良くわかった。
「他の皆も、意見は同じか。」
 ゼムセルはゆっくりと場を見回す。他に一言も発する者はいない。
「……私から陛下へ、今一度そなたらの意向を奏上しよう。私とて思いは同じだ。しかし……。」
 ゼムセルが息を飲む。
「結局のところ、陛下はこの地を離れることはできぬ。此度のこと、陛下のお許しが出ることがなくとも、私が動く。そう、覚悟しておくことだ。」
 部屋は緊張に包まれた。それは、明らかにゼムセルの造反の意志を示した言葉だった。ただ、ホルスタットだけがそんな竜人達を冷ややかな目で眺めていた。

「それが、お主らの総意なのか。」
「御意。」
 翌日、機会を作ったゼムセルは再びメディウスと謁見していた。メディウスの考えを変えてもらうために。
 メディウスは地竜族の長ではあるが、元々は竜族全体の長と言うわけではない。しかし、ドルーアの竜人達はメディウスが復活した時に揃ってメディウスを王とし、従った。
それは、メディウスがナーガと考えを異にした竜達の中でのリーダー格であったからである。メディウスはナーガに協力し、理性を無くした竜の処置を行う一方で、人間との共存は否定し、人間へ協力することは拒んだ。
 ナーガに封印された後は、メディウスこそが竜族を導くにふさわしい存在だと、長く迫害されることになった竜人から信じ続けられてきた。ナーガに封印されたことが、竜人達に逆にそう考えさせたのだ。百年前も、今回も、メディウスが復活したと知るやどこからともなく竜人が馳せ参じ、メディウスを王として従った。
 しかし、百年前と今回とは大きく事情が異なっている。メディウスは自らリーダー格を自認していたが、実際に他の竜と比べても知恵が回った。だから、他の竜人が認識していないであろうことも色々と考えている。百年前は封印の力が弱まったがために、メディウスは自然に目覚めることができた。しかし、今回は。
「ゼムセル。予は以前、ナーガ一派の策謀により再びこの地に封じられることとなった。三度動くことができるのは何故だと思う。」
 ガーネフが裏切って以降、ゼムセルとも話したことがあることであった。ゼムセルが知らないわけはなかった。
「……かようなことはわかりかねます。私にとっては、陛下の元に再び竜が力を持ち、それを知らしめることができることこそ喜びの至り。いかなる理由で陛下が目覚めたのだとしても、我々の進むべき道を捻じ曲げることなどできぬものと存じます。」
 しかし、ゼムセルはあえてその話を無視した。それが、今のゼムセルの覚悟だった。
「……予を目覚めさせたのはガーネフだ。ガーネフは予の力のみを利することを考え、それに予が気付いたからこそガーネフは予の元を去った。ドルーアの優位はその程度で崩れる程度のものだ。」
「失礼ながら、陛下は弱気になっておられる。」
「ゼムセル、お前は他の者と違って少しは周りが見えると思っていたのだがな。それとも、この戦いの短い間でそこまで耄碌したと言うのか。」
 竜は長い寿命を持つことに比例して、その知性も本来であれば人に太刀打ちできるようなものではない。人が使っている武器の技術も、魔法の技術も、元をただせば竜によってもたらされたものだ。
 しかし、竜石に力を封じて理性の劣化を抑えたとしても、種族の滅びが近い竜人にかつての知性はない。特に、子孫が生まれることなく種をすり減らしている今となっては、ほとんどの竜人が老齢となってしまっている。
 それでもゼムセルやショーゼンなどはだいぶましな方であった。
 メディウスは理性なくしかけた竜達を抑える役目も自らに課している。ゼムセルはそうではないと考えていたのだが、今、目の前に居るゼムセルは普段には見えぬほど危うい勢いを持っていた。
「……今の竜人、どの程度の数が残っているかはお主から聞いた。仮にマケドニアを潰すことができたとしても、今の数で大陸全土を支配下に置くことはできぬ。それでもやると言うのか。」
 メディウスから見て、ゼムセルは危うくはあったが自身の確固たる意志を失っているようにはまだ見えなかった。ゼムセルはメディウスに堂々と述べて見せた。
「恐れながら、陛下、我々が人と和解することはありませぬ。ナーガとは違い、易々と隠遁することなど思いも付かぬ我らですから、最後の竜となったとしてもこの地の上にあるために動き続ける所存です。」
「お主。」
「陛下が目覚めるまで、我らは耐えてまいりました。しかし、陛下がおっしゃられる通り、今後、仮にまた我らが立つことがあろうとしても、数の減った我々には強い思いがあったとしても、いかほどのことにも及ぶことはかなわないでしょう。陛下のおられる限りのこの機会を逃すわけには参りません。陛下が何とおっしゃろうとも、我らの考えは変わりはしませぬ。」
 ゼムセルがメディウスの指示に正面から反したのはこれが初めてであった。
 ゼムセルの心にメディウスを敬う気持ちは失われてはいない。ドルーアの竜人は自分達を纏めてくれたこの地竜族の長を尊敬し、忠誠を誓っていた。しかし、今度ばかりは譲れないところであった。
「……好きにするがよい。」
 もはや言葉だけでは止められぬことを理解したメディウスはそれだけ言うと、目を閉じた。
 メディウスも配下の竜人に対しては決して暴君と言うわけではない。竜人達が何を望んでおり、どうすれば良いかを考え全てを決めてきた。
 大陸の支配は望まれたものであった。その上でメディウスは現実的な方策を取り続けてきた。実際に、ドルーアの支配体制はほころびだらけであったが、それを修正することが不可能なことはメディウス自身がよくわかっていた。
 ガーネフの本心を見抜いていてなお、ガーネフを抑える役目をマケドニアに託さざるを得なかったのがドルーアの限界であった。マケドニアが敵対した以上、この体制はすでに崩壊している。だからこそ、これ以上の戦いは無意味であるとメディウスは考えた。
 メディウスには空しさが募っている。今回の目覚めはガーネフが画策したことで、自身が目覚めようとして目覚めたわけではない。マケドニアによって追い詰められたメディウスは目標を見失っていた状態であった。これ以上の行動に意味は無い。メディウスはそう考えたが、他の竜人はそうは考えなかった。
 自分を支持する竜人達が主張するところは要するに徹底抗戦である。ここまで言われてしまえば、メディウスも覚悟を決める他はなかった。

 マケドニアは最大限の警戒をしていた。事実、ドルーアの攻勢が始まった時、マケドニアはいち早くその事を知ることができた。しかし、その備えは一瞬にして潰された。
 当初からドルーアと対することを想定していたミシェイルは、戦いのなかった四年間の間にドルーアに対する十分な準備を行っていた。竜に対する戦術の研究、戦力の充実。それと同時にマケドニアとドルーアの国境には多数の砦が作られた。国境地帯のどの部分から侵攻があったとしても即座に王都へ連絡が入る。いくつかの砦はそれなりの規模の軍が常駐しており、ある程度の抗戦も可能なはずであった。
 確かに、伝令は来た。しかし、その伝令はドルーアの攻勢の中、やっとの思いでたどり着いたものだった。
 本来の物見の砦はあっという間に陥落した。いくつかを束ねているその中心的な砦も伝令が出発した時にはすでに竜の猛攻にさらされていたという。伝令は複数が王都に無事たどり着くことができでいたが、その全てが国境の窮状を報告していた。
 最初の伝令が到着してから、ミシェイルは全ての通常執務を中断し情報の収集と分析、戦闘の準備を行った。白騎士団には真っ先に伝令が走り、直ちに一個中隊が付近の偵察へと出向いた。それと同時に、アカネイアとグルニアにもドルーアの攻勢が始まったという伝令を飛ばす。
 ミシェイルは竜騎士団と白騎士団、そして王都防衛部隊に総動員を命じた。慌しく戦闘の準備が行われていく中、ミシェイルは対応を協議するために各部隊の責任者を一同に集めた。その場に集まったのは、白騎士団団長のパオラ、王都防衛部隊を指揮しているオーダイン、それと、アカネイアに逗留しているエルレーンの代わりに魔法部隊の指揮を任されているクラインである。
 軍議用に用意された部屋に全員が集まったことを確認すると、ミシェイルは早速、話を始める。
「諸君、ついに来るべき物が来た。諸君らも知っての通り、我々からの攻勢はアリティアの情勢がある程度落ち着くであろう春まで待つこととなっている。こちらが攻勢に出ない以上、ドルーアから攻撃される可能性は大いにあった。この攻撃は予測されていたもので、何ら驚くには値しない。我々は、想定された作戦に則りドルーア軍を迎撃する。この場では、その方針を決定する。まずはパオラ、現状の報告を頼む。」
 ミシェイルが朗々と戦いに対する心構えを語る。ミシェイルに従って、パオラは説明を始めた。
「それでは、現在までに得られた偵察による結果を説明させて頂きます。まず、兵の損失状況は不明ですが、国境付近の砦は街道沿いの砦を中心にすでに幅広く陥落しています。」
「何だと?あれほどの砦が、半日も持たなかったというのか。」
 驚きの声を発したのは、砦の構築に尽力することが多かったオーダインである。
「はい。偵察に出た者の話では目撃された竜の数はまず百から百五十。当初はさらに数がいたのではないかと予測されています。一斉に攻撃され、ほぼなす術はなかったかと。」
 報告しているパオラですら、顔色は青い。それは、それほどに想像を絶する数であった。
「……細かく聞こうか。」
 ミシェイルはそう、パオラを促す。パオラは、テーブルの上に広げられたマケドニアとドルーアの地図の上にある旗印を次々と倒していった。ドルーアとマケドニアの王都を繋ぐ街道を中心に、かなりの範囲の旗印が倒された。
「広いな。」
 ミシェイルがつぶやく。
「まだ、白騎士団の方で確認が取れたもののみですが、この範囲の砦は確実に落とされています。つまり、敵が取ったのは大規模な正面突破戦術です。」
「ドルーアならではだな。一匹や二匹ならば砦で粘ることもできるだろうが、この数に押し寄せられてはどうにもならぬだろう。肝心の敵の進路はどうなっている?」
「はい。」
 パオラは、国境から街道に沿ってややマケドニア側に入った地点に大きな旗を置いた。
「これはあくまで現在の予測ですが、ドルーア軍はこの地点に軍を集結しつつあるようです。落とした砦は保持しようとせず、外縁の砦はすでに放棄されています。彼らは、集結した後、街道沿いに真っ直ぐ王都を目指してくるものと思われます。」
 パオラの説明を受けて、ミシェイルがマケドニアの方針を語る。もっとも、ドルーアが攻撃してきた時の対応については今までし尽くされているから冗長な説明はしない。
「聞いての通りだ。ドルーア軍は数を頼みに真っ直ぐ王都へと向かって来るだろう。我が軍は予定通りこの平原で敵を迎え撃つ。」
 ミシェイルが指し示したのはマケドニアの中で唯一大軍を展開できる平原であった。以前、エルレーンが軍事演習を行った場所でもある。
「よし。オーダインはこの平原のマケドニア側に展開。ドルーア軍を必ずここで堰き止めろ。」
「はっ。」
 ミシェイルの指示にオーダインは緊張しつつ答える。
「クラインは、遊撃行動を取ってくれ。魔道士隊と連携して竜を各個撃破してほしい。今回の作戦は貴殿が一番の頼りだ。」
「まぁ、できるだけのことはやりますよ。」
 クラインはいつもと変わりない調子で答えた。すでにミシェイルの前であろうが慣れたものであった。
「白騎士団にも遊撃部隊として動いてもらうが、主な役割は偵察だ。戦闘面での無理な行動する必要はないが、采配はパオラに一任する。」
「わかりました。」
「また、今回の戦いでは全体の指揮はパオラに取ってもらう。予は竜騎士団を率いて遊撃的にドルーア軍を攻撃する。」
 これは、ミシェイルが常々考えていたことだ。白騎士団と竜騎士団の連携を図る上で、パオラとはそのような話もしたことはあるが、オーダインやクラインには初耳の話だ。
「何と!」
 もちろんオーダインは驚いた。
「やはり、前線へ出られるのですか。陛下。」
 パオラにはミシェイルがそう言うことはわかっていたが、できれば止めたいというところではあった。オーダインにしても、パオラとはその考えに至る過程は違っていたが、国王に危険なことはしてもらいたくないという考えは同じであった。
 総大将が前線に出て士気を高めるというのは、戦いにおいてはさして珍しいことではない。ドルーア同盟軍とアカネイア解放軍がぶつかったレフカンディの戦いでもマルスやミシェイルは前線に出て戦った。アリティアの前王、コーネリアスや、今はアカネイアにいる元グルニア黒騎士団長のカミユも、戦いとなれば自ら最前線へ出て戦うタイプである。
「此度の戦いは負けることは許されん。予が前に出ることで勝てるのであればそうするまでだ。」
 と、ミシェイルは言う。説得が無駄であることをパオラは十分に承知していた。
「しかし……全軍の指揮はパオラ殿が取られるのですかな?」
 これはオーダインの疑問であった。この布陣は、ミシェイルとパオラの間で話し合われていたもので、他にマチスやエルレーンには話が通っている。しかし、オーダインはこの場で初めて聞くことだった。
「オーダイン。実際のところ、この戦いは竜騎士団と白騎士団、魔道士と剣士しか考えに入っておらぬ。魔道士と剣士は統制を取りようがないから、パオラが把握する必要があるのは実質的には竜騎士団と白騎士団だけだ。」
「それは……どういうことですかな?」
「オーダインの軍が戦うようなことがあれば、この戦いは負けだということだ。お主の部隊で竜の攻撃を防ぐことができると思うか?」
 そう言われれば、オーダインは黙り込むしかない。今のところ、竜を倒したか倒すまで行かなくとも傷つけたことがあるのは、魔道士の魔法と剣士のドラゴンキラーだけなのだ。ドラゴンキラーは数が少なく、到底オーダインの一般兵までは数が行き渡らない。
「貴殿の軍の役割は最後の盾だ。軍は敗れようとも民衆を守らなくてはならぬ。我らが抑えきれぬドルーア軍は貴殿に抑えてもらいたい。」
「……承知しました。」
 これは、もしものことがあれば国の為に死ねと言われているのも同じであった。だが、オーダインも国を守るということはそういうことだとわかっている。そして、ただ粛々と命に従った。
「ドルーア軍は予測以上の戦力を用意しこちらへ向かっている。難敵だが、必ず勝たなければならない。この戦いに勝たなくては、今までの勝利は全て無意味だ。気を引き締めて掛かってくれ。……それでは各自、最善を尽くすことを期待する。」
 ミシェイルがそう締め会議は終了した。

 会戦の予定地となっているマケドニアの平原は、王都から徒歩では三日ほどの距離である。オーダインは一日で部隊を纏め上げると、陣を張るために王都を進発した。
 そんな距離も、竜騎士やペガサスナイトには取るに足りないものだ。ミシェイルはドルーアと戦闘状態に入ったことを宣言すると、政務に関しては文官たちに委任するか凍結するなどし、自らは竜騎士団の指揮に専念した。
 総動員された竜騎士団は、白騎士団からの情報を元に本体へ合流しようとしている敵部隊を主に攻撃した。戦果は悪くはなかったが、はぐれた小部隊を相手にしているのみであるので、決定的な戦果とはなっていない。
 竜騎士団は強かったが、相手が竜となるとそうも言っていられない。少数ではあるが、天敵となる弓を装備した兵士もいる。
 しかし、苦戦はしたものの、竜騎士の攻撃力は竜に対しても有効であることが判明した。
 竜との戦闘は、それまでは魔法とドラゴンキラーのみが頼みであった。普通の武器で切りつけても跳ね返される。そう考えられていた。
 ただし、竜との戦闘の経験は実際には少ない。勝利した場面では魔法かドラゴンキラーが必ず使われていたということが根拠となり、その経験則のみが一人歩きしていた。
 マチスですら竜に対する他の有効的手段については懐疑的であった。完全に否定もしなかったが、それを確認するためには実際に竜とその方法で戦ってみるしかなく、そのような危険なことを請け負ってくれる者がいるとも思えなかった。
 ミシェイルは違う考えを持っていた。竜騎士団であれば竜にも対抗できるミシェイルは考えていた。
 やり方は明確にはわからない。しかし、マケドニアの建国王アイオテが竜騎士の力で竜人に打ち勝ち、この国を建国したことは周知の事実なのだ。そうであれば、竜騎士であれば竜にも勝つことができるに違いない。
 ミシェイルは、竜騎士を五騎一組にし、その機動力を生かして竜の周囲を包囲した後に一斉に突撃するという方法を竜騎士に取らせた。効果はあった。竜騎士の突撃力で長槍を突き刺すことによって、竜に傷を負わせることに成功したのだ。
 竜は無敵の存在などではなく、普通の攻撃でも十分に威力を持った攻撃方法であれば傷つけることも可能であったのだ。
 もっとも、一体の竜を倒すためには数度の突撃を繰り返し、うまく急所を狙っていかなくてはならず、一筋縄ではいかない。それでも、ミシェイルは竜を倒す手段があるのならと、配下の竜騎士団に攻撃を命じた。決戦の地までに一つでも多く竜を倒すことができれば、それだけ勝機も多くなる。しかし、比例して竜騎士団側の被害も大きくなっていった。
 敵が全てドルーア本隊に結集した後も、竜騎士団は断続的に突撃を行った。ドルーア軍の外側の部隊に一撃を加え、すぐに離脱するという方法で戦力の漸減を狙った。
 平原に到着したオーダインはすぐさま部隊を展開した。ドルーア軍の足並みは予測より遅く、この平原まではあと二日くらいは掛かる見通しだった。
 クラインが率いる魔法部隊と軽装部隊もオーダインの本隊に随行し、少し離れたところで宿営を張った。部隊内からは、ミシェイルの竜騎士団と同じようにドルーア本隊を奇襲する案もあがっていたが、これはクラインが許可しなかった。竜騎士団と違い、徒歩では迅速な撤退はできず、被害が大きくなる恐れがある。クラインは決戦を前にしてできるだけ戦力を温存することを選んだ。
 竜騎士団と白騎士団は随行はしていない。竜騎士団は連日ドルーア軍に対して奇襲を行っていたが、決戦の前日には全員に休みが与えられた。休みの後、夜のうちには竜騎士団、白騎士団共に、現地の自陣へ移動した。
 そしてその日、マケドニア軍の予測通り、ドルーア軍はマケドニアの平原へと姿を現したのである。

 マケドニア軍は、夜が明ける前には既に陣容を整えていた。竜騎士団も、白騎士団も全て到着し、本陣の裏で翼を休めていた。
 オーダインは街道の左右に広がるような陣を重装歩兵で固め、陣形を維持しようとしていた。
 クラインの指揮する剣士達の姿は、陣の合間、合間に見える。竜は単体でも体躯が大きく、隊列の幅も大きくなる。クラインは手練の剣士達が一箇所に集中しては竜に対する攻撃力が無駄になると考え、このようにばらばらに配置した。彼らの手には、この日のために集め続けてきた貴重なドラゴンキラーが握られている。
 対して魔道士達は十人程度が一つの小隊を形成し、小隊ごとにはまとまって配置されている。魔道士は一人ではなかなか竜に対する決定打とはなりえない。多数の魔法を同時に発生させてこそその真価を発揮する。そのための布陣だ。
 対するドルーアの陣は雑然としていた。整然とした陣形は取っておらず、疎なところ、密なところと判然とせず、その意図もはっきりとしない。
 まだ、竜人が竜の姿を取っていないため、蛮族兵の姿ばかりが目に止まる。遠目に見て、竜人の姿がそれとわかるものではない。上空には常時偵察に飛んでいるペガサスナイト数騎が静かに舞っている。
 ドルーア軍が陣を組んでいないのは組む必要がないからだ。ドルーア軍はアカネイアを制圧した時のように、多くの戦いで竜を戦列に投入しその力で敵軍を押しつぶしてきた。ただ竜が前に進むだけのことに細かい戦術などは必要ない。今のドルーア軍はそれが見て取れる陣形なき陣形である。
「マケドニアの未来のため、絶対に負けられぬ戦だ。皆、頼むぞ!」
 ミシェイルが戦いを前に激を発した。ミシェイル自ら陣頭に立っているマケドニア軍の士気はすこぶる高い。
 しかし、一方のドルーア軍も、特に竜人達の士気は旺盛であった。連日にわたるマケドニア軍の奇襲を受けても、その士気が衰えることはない。
 ドルーア軍はゼムセルが全軍をまとめ、この戦いが自分達が望んで得たものであることを全ての竜人に伝えていた。メディウスに従ってきた竜人は数を少なくしてはいたが、結束は非常に強い。彼らは彼らで、全てを排除するつもりでここまでやってきたのだ。
 日が昇り、ドルーア軍が徐々に近づいて来るのを、マケドニア軍はじっと待ち受けた。こちらからの攻撃は全て竜騎士団、白騎士団に任せ、地上軍は迎撃に徹することが、マケドニア軍の戦術であった。ある程度近づくと、突如として竜の巨体が立ち上がる。多くの竜が林立する様は、前線から見ればさながら長く続く崖が目の前に立ち塞がったかのようであった。
「パオラ、無理はするな。」
「陛下も。」
 ミシェイルは竜の出現を見定めると、竜騎士団と白騎士団の全員に騎乗を命じた。自陣の上空で一時滞空し、陣形を固めると、先頭のミシェイルは腕を振り上げ、振り下ろした。合図と共に小隊毎に分かれた竜騎士団が次々と竜へと向かって行く。同時に、クラインの軽歩兵部隊と魔道士部隊が陣の中から突出する。マケドニア平原の戦い。これがその始まりだった。

「陛下……。」
 パオラは気が気ではなかった。ミシェイルは自身も直近の精鋭を引き連れて竜へと突撃して行く。もはや数え切れない回数、それを繰り返していた。
 白騎士団の役割は主に陽動である。竜騎士と組み、竜に散発的な攻撃を行い竜騎士が突撃できる隙を作る。もう一つ重要な役割は言わずもがな、偵察である。
 ミシェイルは前線に討って出ているが、パオラはその立場上、前線には出られない。ミシェイルが前線に出ている分、上空からの戦場全体の把握と、竜騎士団と白騎士団両方の切り盛りをしなくてはならない。
 戦況は悪くはないが良くもない。突出しようとしてくる竜達を、空からは竜騎士が、地上からはクライン達が、それぞれ良く抑えていた。しかし、こちらから攻勢に出ることもできないため、相手を崩すきっかけのような物も掴めない。
 竜の数は多い。多くの竜が連携し、線となって押し寄せてくる。まるで津波のような有様である。
 その波に向かって、マケドニアの魔道士達が雨あられと魔法を浴びせかける。竜と戦闘している地上付近は、粉塵が舞い上がり上空からその様子をうかがい知ることはできない。剣士達はその煙を盾にして竜に切りかかって行く。
 地上では、敵は竜だけではない。竜の周囲には蛮族兵や傭兵がひしめき、突撃してくる。魔道士の一部はこれを留めるために魔法を使わざるを得ない。ドルーアの蛮族兵は戦いの技術こそ稚拙であったが、膂力では勝り、何より果敢であった。剣士達は全ての隙を縫って攻撃し、これらを抑える。剣士たちの数は少なかったが、選りすぐりの部隊として編成されたこの部隊は、魔道士の援護を最大限に活用しドルーア軍と互角に渡り合っていた。蛮族兵と違って、ドルーアの傭兵達が全く戦意を持っていなかったことも有利に働いていた。ドルーアの傭兵達は、竜の後ろに隠れ、前に出てこようとはしなかった。
 とは言うものの、数の差はいかんともしがたく、その剣士たちもドルーアの陣へ切り込むには力不足であった。かと言って、一般兵士達を竜の矢面に立たせたとしても屍を積み重ねるだけであることはわかりきっている。オーダインの部隊が戦いに出る時は、マケドニア側の負けがほぼ確定した時だ。オーダインの部隊では竜の攻撃を防ぐことができないこのなど、どの指揮官もわかっている。それでも、国民が犠牲になる前に国軍が盾となることが必要だから、オーダインもここにいる。
 地上の敵兵を掻い潜り、竜にたどり着いた剣士は両手にしっかりと持ったドラゴンキラーで竜を切り裂いた。戦場には兵士達の怒声よりも遥かに大きく、竜の咆哮が響き渡る。
 竜騎士の攻撃が竜に通じるといっても、有効打を与えることは難しい。勢いを付けて槍を突き刺すことが必要だから危険も大きい。パオラの元にはひっきりなしに被害報告が届いてくる。
「ペンデルモン中隊所属の第二小隊及び第三小隊、ブレス攻撃を受けて半壊している模様。」
「一度、中隊単位で後退させて体制を立て直させて下さい。両翼の部隊に援護させて。白騎士団の第二中隊で後退の援護を。」
 パオラは報告が届く度に指示を送る。竜騎士団と白騎士団の全ての配置を考え、連動させて戦線を維持させる。竜騎士団と白騎士団の合同で演習を行っていたその成果が現れていた。
 しかし、平静を装ってはいたが、内心は焦りに満ちていた。竜騎士団の被害が大きすぎる。ミシェイルから言い含められてはいたものの、大陸でも最強と名高い竜騎士団が竜の息を浴び、なぎ倒され、次々と傷ついて行く。竜騎士団がいてこそ戦線を維持できていることは確かなのだが、それは想像を絶する光景だった。
 竜騎士とペガサスナイトは思い思いに空を乱舞する。遠く上空から眺めれば、竜の壁もそれなりの大きさになる。舞っている飛竜や天馬は、ひっきりなしに急降下していく様が見える。
 ドルーア軍からの弓矢による攻撃が思った以上に少ないため、竜騎士はこれを幸いと攻撃を繰り返していた。ペガサスナイトも果敢に攻撃を繰り返す。いつの間にか、ペガサスナイトも竜騎士と共に戦闘に参加していた。パオラは特に命じてはいないことだったが、止めるわけにも行かなかった。竜騎士の戦列が徐々に薄くなってきていたからだ。
 対するドルーア軍、ゼムセルの方も焦りを感じていた。
 ゼムセルは目の前のマケドニア軍が全力であることを疑っていなかった。平原に到達し、一斉攻撃を開始したときに現れた空を覆わんばかりの竜騎士とペガサスナイト。マケドニア全軍がこの地に集結していることに間違いはなかった。ここを越えればマケドニア王都まで、さえぎる物は何もない。
 しかし、マケドニア軍は頑強だった。竜の攻撃に攻撃を合わせ、容易に進軍できなかった。竜を突出させれば魔法の集中攻撃を浴び、集団で押し出そうとすれば竜騎士の執拗な打撃を浴びた。
 ここまで、力で押してきただけのドルーア軍に、戦術など無かった。膠着した状況を打開できずにいる。また竜が轟音を立てて地に伏した。敵の損害も大きいが、いくら捨て身の作戦とは言っても無駄に戦力を消耗するようなことは避けたい。
 打開策を模索するゼムセルに耳寄りな情報がもたらされた。
「なに?ミシェイルが?」
「は、確かにあれはミシェイルです。前線にて、自ら攻撃を行っています。」
 総大将が最前線にいるというのは予想外であったが、ゼムセルはこれを好機と捉えた。
「確か、傭兵隊には弓を使える者がいたな。ホルスタットに命じて弓を使える者を一箇所に集めよ。ミシェイルを撃ち落すのだ。」
 ゼムセルの命はすぐにホルスタットに伝えられた。しかし、傭兵部隊の誰がどこにいるかをホルスタットがよく把握していなかったため、命令の遂行は難航することとなった。

「なかなか敵が減らないわね。」
 茫漠たる煙に包まれた戦場。しかし、上空から竜の姿だけははっきりと確認できた。地表付近の煙のため、剣士隊がどのような状況にあるのかはわからない。それでも魔道の閃光と爆音が、地上の戦線がまだ生き残っていることを証明している。
 ミシェイルはわざわざ狙い撃ちされることもないと、それほど目立つ格好をしていない。そのため、ミシェイルの動きも遠目にはわからない。今は、連絡がないことを健在な証拠と信じるしかない。
 戦闘開始から時は過ぎ、そろそろ昼になろうかという頃合であった。戦線は膠着していた。パオラの呟きとは別に、実際には相当数の竜が倒されてはいる。だが、全体的に疎になったお互いの戦列を眺めれば、戦況が動いていないことがわかる。竜が倒されると共に、マケドニアの方も相当の被害が出ているのだ。
 改めて算出した敵の竜はおよそ合計三百体ほど。ただし、図体がでかいために一度に前に出て横並びで戦うのは五十体ほどだ。もっとも、後衛の竜も炎の息などを吐いて援護してくるため、油断はできない。
 対するマケドニア軍は竜騎士が千五百余り、ペガサスナイトが二千五百ほど。竜騎士はミシェイル直接指揮の親衛隊を含めている。ただ、全軍であるかと言うと必ずしもそうではなく、今回のような有事における連絡輸送任務についている一部の竜騎士やペガサスナイトのみは参加していない。
 地上は魔道士が百五十ほど、剣士もわずか二百人弱。オーダインは八千の軍勢を平野に展開してはいるが、ドルーアの攻勢を地上から抑えているのは実質その三百五十人ほどに過ぎない。空からの奮戦がなければ、とても支えきれるものではない。
 竜騎士団、白騎士団共に既に二割程度の戦力を損失している。長時間に渡る戦闘で、疲労の度合いも激しい。
 空中の奮闘のおかげで、地上の魔道士隊はほぼ損失がない状態が続いているという。しかし、もう一方の剣士達はどのような状況になっているかすらわからない。
 戦場は根競べの様相を呈している。状況を動かそうにも動かせる手数が少ないマケドニア側には動かしようがない。ミシェイルとパオラの考えでは隙ができた所で勢いのある戦力を叩き込むことになっていたが、その隙が全く見えない。未だに全ての戦線に渡って敵の勢いは消えていないから、一部を薄くして一部を集中攻撃するようなことも難しい。
 出かたを決めかねている間に、前線で変化があった。ある一箇所の竜騎士とペガサスナイトが、突然散開したのだ。
「状況を確認して。」
 パオラが控えるペガサスナイトに命じる。竜騎士やペガサスナイトがあのように回避行動を取るのだから考えられるのは弓兵の出現だ。しかし、何故、今になって出てきたのかが疑問だ。あれほどわかりやすく部隊が散開したからには、そこそこまとまった数の弓兵が攻撃を仕掛けてきているはずである。
 弓兵は竜騎士やペガサスナイトにとっては天敵であるが、今までドルーア軍の中にまとまった弓兵部隊は確認できなかった。マケドニアが相手であるにも関わらずである。最初から弓兵部隊の存在が確認されれば、竜騎士団と白騎士団は行動の自由が狭くなる。そうなっていれば、マケドニア軍はかなりの窮地に追い込まれていたはずだ。
 ドルーアがなぜ今頃に弓兵での攻撃をしてきたのか。その意図は、間を置かずに明らかになった。
「閣下!陛下の騎竜が一斉射撃を受けて墜落。陛下は行方知れずとなっています。」
 思わぬ報告にパオラは眩暈を覚えた。
「確か……なのですね。」
「誠に申し訳ありません、陛下の側にありながらお守りすることができませんでした。」
 ミシェイルが射られた時、近くで見ていたのであろう。報告に来たペガサスナイトは涙ぐみながらそう言った。
 ドルーア軍がどのようにしてミシェイルを判別したのかは知らない。しかし、現にミシェイルは落とされた。パオラは目の前が真っ暗になりそうであったが、それでも指揮官としてやらなければならないことがあった。
「全軍に通達して下さい。全軍の指揮は、これまで通り私が行います。各自、動揺せず、戦線の維持に努めるように。……まだ陛下が討たれたと決まったわけではありません。いいですね。」
 おそらく、自分は動揺しているだろうし、態度にもそれが出ているだろう。しかし、せめて言葉だけでもそれを表に出すわけにはいかなかった。ミシェイルの件を伝達しに来たペガサスナイトは、新しいパオラの命を伝えるべく再び飛び去った。
「あの一帯へ攻撃している魔道士へ伝令を飛ばしてください。陛下が付近にいる可能性があるので、確認が取れるまで攻撃を停止するようにと。」
 同じ方向に別名を受けた伝令が飛ぶ。戦列に穴が開くことになってしまうがミシェイルの救出には変えられない。
「……エストを呼んで下さい。」
 一通り伝令を飛ばした後、パオラは静かに言った。
 パオラの末妹エストは、この戦いに白騎士団の中隊長として参加していた。その実力は竜騎士団からも太鼓判を押されるほどであったが、今回の戦いではパオラの直属部隊の一つとなっており、今まで戦闘には参加していない。比較的安全であろう後方に置くことを身内びいきと批判する声はもちろんあったが、ミシェイルが許可したため実際にその布陣が実施されている。
 批判されているような身内びいきは実際にあったのかもしれない。しかし、それは全く別の意味である。
「姉さん、呼びましたか?」
 すぐにエストはやってきた。
「話は聞きましたか?」
「ばっちりです。陛下を助けてくればいいんですね。」
「その通りです。付近には、多くの弓兵が潜んでいるはずです。気をつけて。」
 弓兵のいるところへペガサスナイトを送り出すなどは死地へ追いやるようなものである。しかし、エストの言葉はそのような危険があることを露ほども感じさせない。
「任せといて下さい。こんなことで、姉さんを失恋させるわけにはいかないですからね。」
「頼みましたよ……。」
 今のパオラはエストの軽口にも答えるだけの余裕はなかった。エストはそんなパオラを心配そうに見たが、すぐに一団に行動を命じると、すぐさまミシェイルが墜落したと思われる場所へと向かった。
 打てる手は打っているが、戦場の真ん中に墜落したとあっては生存は絶望的である。弓を撃たれた瞬間、地上に激突する瞬間、地上に落ちてから敵に受ける攻撃。危険はいくらでもある。パオラにできることは、後は祈ることだけであった。
 パオラが対応に追われるその一方で、戦場の外れから猛烈な速さで低空飛行してきた竜騎士が数騎、問題の地点へ突撃していた。

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