Logo第一研究室紋章継史FireEmblemマケドニア興隆記 >三十四章
FireEmblemマケドニア興隆記
 竜王戦争編
前章目次次章

三十四章 集う者

 土煙の中、ミシェイルはゆっくりと立ち上がった。騎乗していた飛竜は多数の矢に射抜かれている。生命力の強い飛竜は、まだその命を留めていたが、腹部や翼などに矢が突き刺さりとても飛べるようには見えなかった。
 ミシェイルには傷一つ付いてはいなかった。墜落の衝撃を多少受けはしたが、その大部分は飛竜が吸収したのか、体を動かすことに不自由を感じることはない。
 一斉に飛来した矢。その時、ミシェイルがとっさに盾をかざすと不思議と矢はミシェイルを避けて過ぎ去った。
(アイオテの盾にこのような効能があったとはな。)
 ミシェイルは槍を投げ捨て飛竜を飛び降りた。予備に用意しておいた剣と、アイオテの盾をいつでも使えるように用意し、素早く周囲の状況を確認する。霞む視界の中、見上げると巨大な竜が何体も立ち塞がっているのが見える。上空は弓に射られたために、その箇所だけ奇妙な空白ができていた。周囲を見れば、同時に射落とされた数騎の飛竜やペガサスが、その主と共に苦しそうなうめき声を上げている。かわいそうだが、今のミシェイルに彼らをおもんばかっている余裕はない。
 ミシェイルは何体目かの竜に突撃を繰り返している途中であった。その竜はまだ倒れてはいない。急に目標を見失い、右往左往している。まずはその竜から離れなくてはならない。
 異変に気が付いた蛮族兵がミシェイルを見つけ襲ってくる。大振りに振りかざしてくるその戦斧をぎりぎりで避け、手持ちの剣で急所を突いた。衝撃で斧を取り落とし、前のめりに倒れる蛮族兵を、ミシェイルは返り血を浴びながら後ずさって避けた。
 ドルーア軍の白兵部隊は随分とまばらなようであったが、さすがに気付かれないわけには行かなかった。二人、三人とばらばらに蛮族兵が襲ってくる。上空では竜騎士がまだ退避したままであり、援護は見込めない。
(どこまでやれるかわからんが、簡単にはやられぬ。)
 包囲されないように立ち回り、二人、三人と相手にする。ミシェイルが着ていた黒い軍服は瞬く間に赤黒く染まっていった。既に上空を気にしている余裕はなくなっていた。先ほどの竜は、地表に落とされた者達を標的に選んでいたようだったが、その方向にすらも気を向ける余裕がない。
 長い戦闘を続けてきた上で一対多数の戦いを強いられたミシェイルは、上手く立ち回ってはいたが、追い詰められつつもあった。
 射落とされた時点で死は覚悟していた。竜の息と味方の魔道による攻撃によって、地上の視界が極端に悪くなり、弓部隊の接近に誰も気付くことができなかった。加えて、弓部隊が存在するならとっくに運用されているはずだという思いから、敵の弓部隊に対する警戒すら全く行われていなかった。
 油断と言えば油断である。しかし、戦場で命を落とすとはそういうことだということは、ミシェイルも知っている。
 まだ、生きている。かすり傷が増えてきているものの、動くことも支障はない。生還は絶望的だが、可能性が全くないわけではない。
 もし、命を長らえることができないとしても、それはドルーアを可能な限りその運命に巻き込んだ後のことである。そう信じ、ミシェイルはまた一人ドルーアの兵を倒す。
 ふと、ミシェイルが戦うその頭上に大きく影が差した。数騎の竜から、数人が飛び降りてくる。
「ミシェイル殿!お助けいたす。」
 ミシェイルはドルーアの兵を相手取りながら、横目で叫び声がした方を確認した。詳しくはわからない。数人が確認できたその先頭には、剣を構えて突進してくる金髪の士官がいた。
「カミユか!」
 答える暇もあればこそ。その士官、カミユはミシェイルを包囲しようとしているドルーアの蛮族兵を一刀の元に斬り伏せた。

 時は数日前に戻る。
 ドルーアの来襲を受けたマケドニアは、その事実をペガサスナイトによって直ちに各地、各国へ知らせた。地理的に近いアカネイアとグルニアに伝令が到着したのが丸一日後である。
 マチスはすぐに折り返しマケドニアに援軍を送る準備を命じた。援軍として派遣されるのはマチス直属のクライン隊全てと、エルレーンの魔道士隊全てである。一日で準備を完了し、輸送用に残していた竜騎士で順次移動する手はずとなっていた。
 その話を耳にしたカミユは改まってニーナと面談した。
「ニーナ様、お話があります。」
 ニーナにはカミユが何を話そうとしているのかわかっていた。
「マケドニアのことですね。」
 カミユは跪き、頷いた。
「ドルーアは我々と並び立てぬ敵。マケドニアが攻撃を受けているのならば、共に助けるべきです。配下を連れ、援軍に赴くことをお許しください。」
 私人としてのニーナは、カミユをもう戦場へ立たせたくはない思いで一杯である。今、もしマケドニアに対して何も申し出ることがなかったとしても、別段咎められることなどなにもないだろう。元々再建途上のアカネイア軍に対してマケドニアは何も期待してはいない。
 しかし、カミユもニーナも、公人としての強い責任感を持っていた。正式に婚約した後も、カミユは公の場ではニーナの配下であるように振舞っていた。生真面目なカミユらしく、この時も二人は完全に私情を捨てて相対していた。
「わかりました。それでは、アストリアとジョルジュに援軍に向かう者を選別させましょう……。」
「いえ、ニーナ様。」
 カミユはあえてニーナのその言葉を遮る。
「お二方をはじめ、アカネイアの方々が動くまでもありません。元々、竜騎士での移動を考えているようですから、それほど多くの数を連れて行けるわけでもないのです。援軍には、私と元黒騎士団、それとナバールのみで向かいます。」
 それはニーナの予想外の返答であった。カミユにしてみれば未だにアカネイアに外から来たという引け目があるのかもしれない。
「カミユ。あなたの存在を抜きにしても、今はマケドニアには援軍を送らなければならない事態です。ひとまず、マチス殿と調整して、どれほどの数を送ることができるか考えましょう。これは、あなただけの問題ではありません。できるかぎりの事をするのです。」
「……わかりました。まずは、マチス殿とエルレーン殿に相談して参りましょう。」
 ニーナに諭されたカミユはすぐに納得した。事が決まれば行動が早いのは軍人の性質なのか、カミユはすぐにニーナの執務室を退去して行った。
 ニーナはカミユと共にアカネイアに関する様々な執務を行うようになって二月近い。ニーナから見てカミユは大切な存在であることは間違いなかったが、客観的に見るとその欠点もだいぶわかってきていた。
 つまり、カミユには政治的な視点、大陸レベルに広がるような広範囲な視点がどうしても欠けているのである。
 軍事的な才能は申し分ない。軍事的なことになれば、大陸の全軍を指揮するレベルから、手練の剣士と一騎打ちするようなことまで、並び立つ者すらほとんどいないだろう。
 しかし、各地の歴史や、民衆の感情、政治的に優先すべきことなどを考えるとき、肝心な箇所に穴が開いていることがある。広い部分を見れば広い部分だけしか見えず、中が見えない。細かいところを確認すれば、後に残る部分がおざなりになる。政務に関して言えば、それほど頼りにはならなさそうだと言うことはわかった。
 かえってジョルジュを援軍に向かわせる方がアカネイアの政務に関しては痛手だが、そのようなことも言ってはいれない。アストリアもジョルジュも、竜に相対したことはないだろう。しかし、彼らにはマケドニアとグルニアによって取り返されたメリクルソードとパルティアがある。それなりに力にはなれるはずだ。
 そしてもう一つ、ニーナはジョルジュ達を呼ぶその前にリンダを執務室に呼び出した。
「ニーナ様、お呼びですか?」
 リンダはニーナの前では大人しかったが、その言動は相変わらずだった。いつもは、アカネイアの再建を手伝うよりは、エルレーンの魔道士隊と共に行動していることの方が多い。
「何ですか?いきなりオーラの魔道書を持ってこいなんて。」
 リンダが脇に抱えている金色の魔道書。リンダが父親から受け継いだオーラの魔道書である。
「あなたにお願いがあります。カミユと共にマケドニアへ行ってもらえませんか?」
 それだけでリンダは全てを理解した。
「……援軍ですか?」
「そうです。」
 リンダも周囲が突然慌しくなったことと、その原因は知っていた。同じく行動していた魔道士隊は全員がマケドニアに赴くため準備をしていた。
「ニーナ様の頼みなら行きますよ。せいぜい暴れてきます。」
 その魔道士らしからぬ物言いに、ニーナは苦笑した。
「リンダ、オーラの書を机の上に置いて下さい。」
 リンダが、ニーナに従い、持って来たオーラの魔道書を机の上に置くと、ニーナは魔道書に手をかざし、二言、三言と呟いた。
 すぐにリンダは、何かが破裂したような感じを受けた。別段、音がしたわけではない。何かが光ったわけでもない。しかし、それでも変化はしたのだ。
「さあリンダ、これでこの魔道書は使えるようになりました。オーラであれば竜にも効くはずです。持って行って下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
 手に取った魔道書は、リンダには光り輝いているように見えた。魔道書はよく手になじんだ。
「どなたか、ジョルジュとアストリアを呼んで来てもらえますか。」
 感慨にふけるリンダを横目に、ニーナは使いの者を呼ぶ。カミユに交渉事を任せておくのはいささか不安なニーナであった。

 ニーナがリンダ、ジョルジュ、アストリアを連れてマチスを訪ねると、マチスはカミユを前にエルレーンと話し込んでいる最中であった。
「ニーナ様。」
 最初に気がついたのはその時は話の輪から外されていたカミユであった。その声で、マチスとエルレーンもニーナ達の来訪に気がつく。
「どうかされましたか?」
 と、マチスは言うが、話はわかりきっていた。ジョルジュとアストリアが付いているのだから、目の前のカミユと話は同じに違いない。
「援軍の話であれば少し待ってください。エルレーンと調整しているところですので。」
 そう考え、マチスは機先を制した。しかし、ニーナ達は構わず部屋へ入り込んだ。その部屋は、アカネイアでマチスが単に執務を取るために使っている部屋だったから、ニーナ達を加えて七人も入るとかなり手狭だった。
「一応、こちらの希望だけお話させてください。」
「聞きましょう。」
 ニーナの丁寧だが有無を言わせないお願いに、今度はエルレーンが答えた。マケドニアへ戻る援軍を取りまとめているのはマチスではなくエルレーンである。マチスの方では戻る手筈を整えておいて欲しいと依頼しただけで、それ以外はアカネイア関連の政務に忙しく、全く関知できていない。
 そうと知ってか知らずか、ニーナはそのままエルレーンに話しかけた。
「こちらからの希望はカミユとナバール、ジョルジュ、アストリア、そしてリンダ。他にカミユの部下達です。」
 マチスが驚いてリンダを見る。他の人選はマチスも納得するところではあるが、この魔道士がどれほどの力を持っているかはエルレーンからの伝聞でしか耳にしていない。しかし、ミロアの娘であることは間違いないのだ。ニーナにそれと認められるだけの力は持っているのだろう。
「ざっと十名と言うところですか。我々、魔道士隊とクライン殿が指揮する直属部隊が大体合わせて百二十名ほどでして、これがマケドニアへ急行する手筈となっています。四、五名は融通が効くでしょうが……。」
 自身はいやと言うほどその力を目の当たりにしているエルレーンは驚かない。マチスもそういうものなのだろうと納得した。
 一方のエルレーンはどうするべきかを真剣に考えていた。
 彼らは有用な戦力であった。特にカミユが自陣と同じ勢力の援軍に駆け付けたと聞かされればそれだけで全軍の士気は上がるだろう。
 ジョルジュとアストリアは言わずもがなだ。ジョルジュのパルティアはマケドニアが保管していたものを返し返還された。アストリアのメリクルソードの方はユベロがグルニアの王城を奪回した際に取り戻され、これも本来の持ち主に帰っている。カミユのグラディウスも合わせれば、アカネイアの三種の神器の使い手が一同に会しているのだ。これはドルーア軍が相手だとしても戦力として期待したくなるところだろう。
 そしてリンダ。ニーナがリンダをここに連れてきているということは、つまりオーラの使用許可をニーナが与えたということだろう。リンダから聞いた話が確かであれば、ニーナであればオーラを使用するための封印が解けるはずであった。そうであれば、これも戦力として考えられる。
 十名しか選出しないのは普通の援軍であれば考えられないことだが、今回は竜騎士を使って竜の相手をできる精鋭を戦場に送り込むことが目的だ。それを考えれば、これ以上ない人材だ。ニーナとカミユの申し出を受けない手はない。
 後は、どのように編成するかだけだ。
「十名程度であれば、私のほうで移動方法については融通します。しかし、どのように行動するかは私に一任して頂きたいのですが、よろしいですか?」
「そちらについてはお任せします。」
 ニーナが即答する。エルレーンは一度頷くと、援軍についての説明を始めた。エルレーンは既にカミユ達を連れて行くと決めたのだから、実際の輸送についての調整は後回しである。
「まず、リンダ殿には私と魔道士隊に同行してもらいます。ジョルジュ殿、アストリア殿はクライン殿の部隊と一緒に行動してください。」
「承知しました。」
「わかったぜ。」
 リンダはニーナの元に来てからは魔道士隊とある程度知り合いとなっていたから簡単に承諾した。ジョルジュとアストリアの配置は一見不思議に見えるが、クラインの部隊は戦場に立てば一人一人がある程度自分の判断で行動する。つまり、戦場へは運ぶから後は好きにしてくれということだ。
「カミユ殿はカミユ殿の部下達を纏めて独自に行動してください。必要な数の竜騎士は付けますので。」
「それは……ありがたいが、いいのか?」
 これにはカミユが良い扱いすぎて逆に質問してしまうほどであった。
「カミユ殿ほどの方であれば、私ごときがあれこれ言うよりも、自由に行動していただく方がよろしいでしょう。」
「ご厚情、感謝する。」
 カミユは深々と頭を下げた。エルレーンは、カミユの率いていた黒騎士団には独特のやり方があるだろうから、マケドニア軍と共に行動するよりも、自由に動いてもらったほうがよいと考えたのだ。結局この時のエルレーンの判断が、ミシェイルの一番の危機を救うこととなった。
「輸送してもらう手筈の竜騎士達は、伝令からは少し遅れて、今夜夜半に到着します。竜と人を休ませ、出発するのは明日の昼の予定です。それまでに滞りなく準備をお願いします。」
「承知した。」
 エルレーンは伝えながらも、人員が増えた分、誰を減らすかを既に考えていた。先触れの伝令から聞いた話では、どのように考えても五名程度しか余裕はない。まず、こちらに残って政務を補佐して欲しい人員を一名、他はクライン隊は削りたくはないから比較的実力に劣る魔道士を残す……そのようなことを考えていた。
「少し、お聞きしたいのですが。」
 話が終わったところで割り込んできたのはニーナだった。
「何でしょうか。」
「竜騎士を使って援軍を派遣することはわかるのですが、他の部隊は援軍を派遣しないのですか?ここには、かなりの数の部隊が駐留していますよね?」
 考え込むエルレーンに代わって話を聞いたマチスは苦笑した。
「こちらから援軍を出しても無意味なのですよ。」
「無意味とは?」
「ドルーアとマケドニアは国境を接しています。ドルーアの国境からマケドニアの王都までは徒歩でも七日程度です。こちらから向かおうとすれば徒歩と海路を合わせて二十日以上の時間が掛かります。竜騎士とまではいかなくとも、早馬くらいの速さで移動することができれば、間に合うかもしれませんが。」
 ニーナは首をかしげる。
「マケドニアの王城は堅城と聞きます。城に頼って戦うことができれば、その程度の時間は稼げるのではありませんか?」
 しかし、マチスは首を振る。
「陛下は常に民のことを考えています。確かに城に篭ればある程度の抵抗をすることは可能でしょう。しかし、城下はや国内の民衆はそういうわけにはいきません。粘っている間にどのような目に合わされるとも知れない。」
 と、マチスは言う。
「と、これは表向きの理由です。本当の理由は他にあります。第一に、普通の兵士がいくら多く数が集まったところで竜に対しては全く無力なこと。仮にこことレフカンディを合わせて一万五千の兵を向かわせたところで、竜が十体も横並びに現れれば傷を負わせることもなく潰走するだけです。」
 マチスは苦笑しながら続ける。
「また、同じ理由で、いかにマケドニアの王城が堅城と内外に名高いとしても、竜に対してどれだけの抵抗ができるのかまではわかりません。それは、あなたもよくご存知のことでしょう。」
「え、ええ。」
 ニーナは同意するしかなかった。味方の裏切りがあったと言っても、大陸随一と言われていたアカネイアパレスは、ドルーア軍の攻撃の前に極めて短時間で陥落したのだ。
「陛下には、今回の戦いで万が一にも敗れるようなことがあれば、レフカンディまで撤退するよう伝えてあります。その時には、マルス殿やハーディン殿にも協力を仰ぐことになるでしょう。」
 ニーナは納得したような、そうではないような、自分でも良くわからないような心持であった。おそらく、心の底では理解しきっていなかった。特に、いくら兵力を集めても、ドルーアに対しては意味がないということが良くわからない。それは、現有する軍事力はドルーアに対しては意味がないということを現している。
 実際、ミシェイルやマチスはそう考えているし、割り切っている。ドルーア軍に対する通常戦力は民衆に対する盾なのだ。攻撃を通すことはできない。だから、その上でもっとも勝てる可能性の高い方法を考えている。
 ニーナは、兵が敵に対して戦うのは当然と考えていたから、このあたりは理解できないことだった。やはりニーナにしても、軍事には疎かったのである。
「ニーナ様、兵法において、死兵を生むは愚策にございます。マケドニアにはマケドニアのやり方があり、ここまで来ています。ニーナ様はただこちらで安んじて勝利の報せをお待ちください。」
 釈然としていなさそうなニーナを宥めるのはカミユの役目だった。
「わかりました。」
 自分の入れるところの話ではないことを理解したニーナは、この時は素直に従った。突然政務の矢面に立たされて、何もかも理解しておかなければならないと、勇み足になっていたのかもしれない。
「それでは、時間もないですから、しっかりと準備をお願いします。明日の昼前には城内の練兵場へ集まってください。よろしくお願いします。」
「わかった。こちらこそ、よろしく頼む。」
 ちょうどエルレーンとカミユのそのやり取りで、その場は解散となった。よほど忙しかったのか、エルレーンはそれではとだけ言うと、すぐにその場を立ち去った。
 翌日、集合場所に集まった一同は、カミユを先頭にして飛竜へと騎乗し、次々に飛び立って行った。
 急にナバールを連れて行かれたフィーナは相変わらず回りに愚痴をこぼしていた。

 アカネイアを発った一行は可能な限りの速度でマケドニアへと向かった。しかし、伝令と行軍は違う。戦場に着いたときに戦えない状態になっているようでは話にならない。適宜休憩を挟む必要があったため、戦場にたどり着くまでに丸二日を要した。
 伝令からの情報で、既に戦闘が開始されていることはわかっていた。マケドニアの大平原。想定通りの場所で会戦が行われていることを確認すると、エルレーンは一行を急行させた。
 ちょうど戦場に着こうとしていた時、戦場には特異な空間が発生していた。竜騎士とペガサスナイトがある一点から退避していたのだ。
「あの場所、何が起きているか確認したい。あの近辺へ降ろしてくれ。」
 と、カミユが告げる。妙なところはすぐにわかったから、竜騎士もカミユが何を言っているかをすぐに理解した。
「無茶を言わないでください。竜騎士が逃げてるじゃないですか。弓兵がいます。」
「降ろしたらすぐに退避していい。頼む。」
 カミユの一団についてはカミユに采配が任されている。そのカミユが頼むのであれば、運んでいるほうの竜騎士に断ることはできない。移送している竜騎士は、覚悟を決めると一直線に突き進んだ。
「低空で近づいてくれ。皆!一気に飛び降りるぞ。」
 地上の煙は視界を悪くしていたが、近づくと誰かが戦っているのが薄く見えてきた。
「あそこだ。」
 飛び降りるとカミユは簡単に言ってのけるが、竜騎士に普通に乗るだけでもかなりの高さがある。竜騎士は本当の地面すれすれまで降下を試みる。
 幸い、矢の類は全く飛んでくることはなかった。竜騎士は飛竜を滑空状態にすると、一度その戦闘している箇所の上をなぞるように飛びすぎた。その時、カミユは敵中に孤立しているミシェイルの姿をはっきりと確認した。
 旋回して、地上が一瞬近くなった隙を見てカミユは竜から飛び降りた。
「ミシェイル殿!」
 すぐに駆けつけ、周囲のドルーア兵と切り結ぶ。ナバールと部下達もすぐに続いた。
 その場での決着はすぐについた。カミユとナバールが剣を振るっては並の者に太刀打ちができるわけはない。勝ち目がないと判断したドルーア兵は、一度自陣へと引き返していった。
「すまない、カミユ。助かった。」
「ミシェイル殿、何故このようなことに。」
「何、ちょっとした油断だ。とにかく、自陣まで退く。」
「わかった。」
 戦場で躊躇してはいられない。一行はすぐに動き出した。
「そう簡単には行かせてもらえないようだな。」
 一行の前にはドルーア兵の新たな一団が姿を現していた。
「竜でないだけましでしょう。」
 誰かがつぶやく。
「やつらの攻撃は散発的だ。組織だった指揮はされていない。敵が現れたら一斉に退くよりも踏みとどまって跳ね返した方がいい。」
 ミシェイルの言葉に、一行は簡単に円陣を組む。
「逃げる奴は追うな。」
 とミシェイルが言う。ミシェイル達を確認したドルーア兵は一斉に突撃してきた。

「みんな、集まって。出るよ。」
 エストの声が空中に響く。エストが率いるペガサスナイトの中隊員が集合していた。既に皆、騎乗し滞空している。飛行している者達に聞こえるよう、エストは声を張り上げる。
「やることは陛下の確認と救出。弓兵がいるみたいだから全員、低空高速で突撃するよ。遅れないで。陛下を見つけたら合図して。とにかく、陛下の安全を確保することが第一だからそれだけは忘れないで。」
「はい!」
 隊員達からの返事を確認すると、エストはペガサスの頭を戦場へ向けた。
「行くよ!」
 掛け声と共に滑空し始めたエストに、全員が続く。エストは十分高度を下げると、目的の地点へ向かい速度を上げた。
 高空を飛行しているとわかりにくいが、飛竜ほどではないにしろペガサスもかなりの速さで飛べることがわかる。すぐに自陣の上を飛び越え、魔法が飛び交う戦場をぎりぎりの高さで飛び越す。パオラの指示がまだ行き渡ってないのか、魔法は散発的に飛んでいたが、問題の地点へ近づいても、矢は飛んでは来なかった。
 低空であっても上空から地表を眺めれば、どこがどのような状態にあるのかはよくわかる。エストからは、前方で戦闘が行われていることが見て取れた。
 エストをはじめ、十五騎ほどがその戦闘が行われているところへ直進した。後ろにいた十騎ほどは小隊長の判断で近づいてきていた竜を牽制に向かう。十騎は五騎づつ左右に別れ一斉に竜に突撃した。ペガサスナイトでは竜に対し深い傷を負わせることはできないが、足止めの役には十分立つ。
 エストは一度、戦闘している場所を飛び越え、さらに迫ろうとしているドルーア兵に突撃した。飛行の勢いを殺さずに殺到したペガサスナイトの攻撃を受けて、ドルーアの兵はその足を止めた。
 エスト達は一撃を与えてやや高度を上げる。そこでようやく戦闘している集団の中にミシェイルがいることを確認した。
「陛下があちらに!」
 同じくミシェイルが戦闘していることに気がついた隊員が声を上げる。
「第二小隊と第三小隊は周囲を警戒。ドルーアの軍を近づけさせないようにして。第一小隊は陛下を助けにいくよ。」
 エストはまたここで兵を二つに裂いた。ミシェイルの方の戦闘は収束しつつあり、そちらの助けは念を入れたようなものだ。事実、エストがミシェイルへ向かう間にも一人、二人とドルーア兵が倒れている。この場は、さらに余計なドルーア軍が戦闘に参加してくることの方が不安要素だった。
 首尾よくミシェイルを見つけることはできたものの、エストには疑問なことばかりであった。状況から言って、誰も素早く援軍に駆けつけることなどできないはずなのに、何故、ミシェイルは複数人数で戦っているのか。しかも、ミシェイルと共に戦っている者の剣の腕は半端なものではない。遠目に見てもかなりの腕前だということがわかるほどだ。
 もう一つ、ドルーア軍はなぜ矢を撃って来ないのか。エストも戦いが始まった時に矢が放たれていないのは、ドルーア軍に弓矢を装備した兵士がいないからだと考えていた。しかし、実際に矢の一斉射撃が行われ、ミシェイルが墜落することになった。エストはドルーアが弓矢の部隊を一種の決戦部隊として、ここぞと言う時にまで温存しておいたのだろうと考えたが、それでは以降攻撃してこないことの説明が付かなかった。
 何にしても、弓で攻撃されればミシェイルを救助するためと言ってもうかつに突っ込むわけにはいかない。考える前にミシェイルを安全な場所へ移動させることが肝要だった。
 ミシェイル達と交戦していたドルーアの兵士達は、ペガサスナイトが援軍に来ると数的にも絶対的な不利となった。さすがのドルーア兵もそのようになっては立ち向かってくることもなく、皆、散り散りに逃げていった。ミシェイル達は深追いはしない。
「陛下!ご無事ですか!」
 エストが馬上から怒鳴った。
「こっちは大丈夫だ!後方に退避するから援護を頼むぞ!」
「頼まれましたー!」
 無事を告げるミシェイルに、エストは槍を大きく振り回しながら答えた。
 直上を飛行するペガサス達は、数を数えればそれほどの数はいない。それも今は百万の大軍よりも頼もしく見える。
「さて、とっとと退こうか。」
 ミシェイルの言葉で、一行は自陣に向けて走り出した。

 ミシェイルを見つけ出し、撃ち落す。その作戦がホルスタットに提案されてから実行されるまでかなりの時間がかかった。
 ドルーアの蛮族兵は弓矢などは使用しない。弓矢を持っていたのは一部の傭兵のみである。ホルスタットによる白兵部隊の指揮は指揮と呼べるような者ではなかったため、そういった傭兵も、蛮族兵も戦場に満遍なくばらばらに配置された。
 もっとも、管理はされていなかったが、あながち間違った戦術と言うわけでもない。ドルーア軍の主戦力は竜であったから、もともと効果的な陣形を取ることは難しい。だから、竜が横並びに並んでいるその合間に歩兵を適宜配置し、竜が攻撃する隙をついて突出する。そうやって、徐々に戦線を前進させて圧迫させていけば問題ないはずだったのである。
 このような状態だから、弓を使う者もまとまっていなかった。加えて、蛮族兵はともかく、普通に傭兵としてドルーアに雇われた者達はマケドニア軍の強さが身にしみており、まともに戦おうとする者はすくなかった。このため、戦いが始まってもマケドニア軍に向けられた弓矢はごくわずかであり、マケドニア軍もドルーア軍に弓矢はないと思い込んだのである。
 ゼムセルから指示を受けたホルスタットは四方八方に伝令を飛ばし、苦心して弓を使う傭兵達を集めた。その時には既に前線は広範囲にわたっており、一度ホルスタットのところへ傭兵を集めるだけでも大変な時間を浪費した。少ないながらも一定の範囲に飽和射撃が可能なだけの傭兵を集めた。しかし、ミシェイルが前線に出ているらしいという情報はあっても、どこに出撃しているかまではわからない。誰もホルスタットに情報をもたらさなかったのだ。しかたなく、ホルスタットはマケドニア軍の攻勢のもっとも激しいところへ一斉射撃を行わせた。
 結果的に、その攻撃はミシェイルを始めとして低空で攻撃を繰り返していた竜騎士とペガサスナイトを多数撃ち落すことに成功した。しかし、その戦果を確かめようとする者はいなかった。マケドニア軍の魔法攻撃は苛烈で、下手に前に出ればその直撃を食らう可能性がある。蛮族兵は何も考えずに敵を求めて前線を移動していたが、集まった傭兵達は射撃を終えた後、再び散開してしまったのである。
 しかし、その効果は思いのほか大きかった。もちろん、効果が大きかったのはミシェイルが撃墜されたためである。一度穴が穿たれた竜騎士とペガサスナイトの前線は、射撃が終わっても塞がることは無かった。奇妙なことに、しばらくすると、その地点への魔法攻撃も無くなった。竜騎士の一団とペガサスナイトの一団が突入してきたが、一度ドルーア側に傾いた大勢に影響はなかった。後は、いびつになった前線の形状を竜の力でさらに侵食していけば、問題なく勝利できるはずであった。

 パオラは焦っていた。ミシェイルの救出を第一にしたために、前線に穴ができている。竜騎士やペガサスナイトにはミシェイルのことを隠すこともできないから、彼らの攻撃もどことなく勢いがなくなってきている。
「右翼の穴を塞いで。竜に突破されてはいけません。」
 伝令を出すも、命令が伝わり実行されるまでにはそれなりに時間がかかる。それでなくとも、既に戦闘の疲労が貯まってきている各部隊は、戦線を押されつつあった。
 戦線の穴を抜けて進む竜。突出した形になっていた竜が轟音と共に崩れ落ちた。剣士達が、上手く倒したのだろう。しかし、全体として押されつつあるのは止めようがない。
 上空に退避していた竜騎士へ伝令が届いたのだろう。再度、自陣のほうへ回り込み突撃が再開された。しかし、明らかに今までと比べ勢いが劣っている。
「上空の各部隊は戦線を下げて。二交代で体制を立て直すのです。」
 パオラは一度戦線を下げることを決意した。戦線を下げつつ竜騎士とペガサスナイトを上空へ退避させ、体制を整えてから再度突撃を命じる。オーダインの部隊まで竜が到達する前に、何とか戦線を持ち直させようとする算段である。
 苦心して体制を整えようとするパオラへ、朗報がもたらされた。
「エスト隊長より伝令です。陛下の無事を確認したそうです。陛下はこちらへ向かっているとのことです。」
 エストが部隊の一人を伝令として送ったものだった。
「そう……よかった。本当によかった。」
 報告を受けたパオラは、一瞬戦場にいることを忘れていた。
「団長?」
 パオラはそのまましばらく呆けていたようだった。伝令が声を掛けると、慌てて指示を出した。
「あなたは、このまま陛下が無事だということを伝えて回ってください。」
「了解しました。」
 エストからの伝令は、すぐにその朗報を伝えて回る。
 竜騎士団の再編成が完了し、再びドルーア軍への攻勢が開始された。しかし、体勢を立て直したために、戦線はぎりぎりまで後退してしまっている。魔道士たちも、左右に広く展開するオーダインの守備軍に混ざるくらいまで後方に退いている。
「おまえら、ここが踏ん張りどころだ。ドルーアのトカゲ共を一匹も通すんじゃねぇぞ!」
 前線で大声を張り上げて鼓舞しているのはクラインであった。今まではどこにいるのかもわからなかったクラインも、今は声が聞こえる程に下がってきている。
 ドルーアの攻勢は勢いを失っていない。どの段階まで抗戦してから撤退するべきか。パオラがその決断を下さなくてはならない状況が近づいてきていた。

 エルレーンが平原に着いたとき、マケドニア軍は決定的に負けてはいなかったものの、かなり押し込まれている状況だった。既に先に行ったカミユ達がどうしているかは判別しようがない。
 この平原で演習を繰り返し行っていたエルレーンは付近の地形を熟知していた。エルレーンは戦場の東側から近づき、ちょうど平原のくぼみとなっているところに一軍を降ろした。集合したところでエルレーンが指示を出す。
「まずは魔法のみで遠距離から強襲します。剣士は左右に散り、隙を見て突撃してください。」
「いい加減な指示だな。」
 驚いて、そう言ったのはアストリアである。普通はタイミングを計った突撃の指示などがありそうなものだが、これでは左右に分かれた後の指示は無いに等しい。
「剣士の方々には指示を出しようがないのですよ。集団戦闘が可能なほど人数がいるわけではないですから、味方の魔法に当たらないように、臨機応変でお願いします。」
 エルレーンは苦笑しながらアストリアに答える。アストリアが見る限り、その指示に疑問を持っているような者はいないようだった。
「剣士の皆さんにはドラゴンキラーを持ってもらっていますが、数が少なく行き渡ってはいません。無理はしないで下さい。」
 エルレーンは手短に補足した。
「では、魔法部隊で先行します。付いてきて下さい。」
 マケドニア軍がだいぶ不利な状況になっているのはわかっていたから、エルレーンは焦っていた。部下の確認もほとんどせず、戦場へ向かって走り出す。
 ドルーア軍の一部がエルレーン達に気付き、向かってきたときが戦闘開始の合図だった。
「放て!」
 エルレーンの号令で、氷の魔法、雷の魔法と次々と魔法が放たれた。たちまち辺りは渾然一体となる。
 その中で、一際大きな光の螺旋が一匹の竜を包み込んだ。その螺旋は竜の動きを封じ込めたかと思うと、竜に向かって一気に収縮し次の瞬間には大きな音と光を発して爆発した。爆発の後にはどうと倒れ伏す竜の姿があった。
 エルレーンはその美しさに魔法の詠唱を忘れて見入ってしまった。美しいだけでなく、強大な竜を一撃で倒すその威力は比類ないものであった。件の魔法の詠唱者はすでに次の魔法の詠唱に入っている。裾をたなびかせてその魔法を詠唱しているのはリンダだった。
(あれがオーラの呪文か。)
 リンダが紡ぐ光の魔法は、三度放たれ、向かってきていた竜の三匹が倒れた。他の魔法の集中攻撃を受けて倒れた分をあわせ、短い時間で五匹の竜が倒れていた。
「よし、このまま進め。」
 エルレーンがさらに前進を指示する。ドルーア軍の横腹を突いた形となったエルレーンは、その最初の攻撃でドルーア軍に混乱を起こすことに成功していた。
 慌てたドルーアの兵士達がばらばらに向かってくる。ジョルジュは魔道士達の中に混ざり、魔道士が魔法の飽和攻撃で倒しきれなかったドルーアの兵士を正確に打ち抜いた。
 魔法に耐性があるはずの魔竜ですら、リンダが唱えるオーラには抵抗できなかった。一撃で倒れることはなくとも、オーラを受ければ大きなダメージを負わざるをえない。
 竜がひるんだところへ、剣士達が突撃していく。剣士達の練度は高い。ある程度の打撃を敵に与えると魔法部隊へ道を譲る。
 アストリアも負けては居ない。ドラゴンキラーほどではなかったが、メリクルソードによる斬撃は竜の鱗を切り裂くために十分な威力を持っていた。それでも無理をせず、止めは魔道士に任せていた。魔道士が逃げられない竜に向かって魔法を放てば、竜は倒れるだけである。
 エルレーンの部隊は竜の存在をものともせず、その影響範囲を広げていった。

 竜騎士団、白騎士団、魔道士隊、そして剣士達。全員が懸命にドルーアの攻勢を支えている。正念場だった。戦況を動かそうにも、戦力の全てが正面に張り付いてしまっている。戦力を動かせる状態にはなかった。
「姉さん、陛下にはホルスタット将軍の本陣にまで下がってもらったよ。」
 ミシェイルの護衛を終えたエストが戻ってくる。ほっとするのもつかの間、パオラはすぐにエストに命令をする。
「ありがとう、エスト。申し訳ないのだけど、そのまま攻撃に参加してもらえるかしら。」
「了解。」
 エストはパオラの重いお願いも簡単に引き受けた。
「あ、それと、アカネイアからの援軍がもうすぐ着くみたいだよ。実は、カミユ閣下が陛下を助けていたんだよね。驚いちゃったよ。」
「本当ですか!」
 気を張り詰めていたパオラは、つい大声を上げていた。
「嘘なんか言わないよ。だから姉さん、もう少しがんばってね。」
 それだけ言うと、エストはさっさと自分の部隊へと戻っていった。
 エストの部隊を戦線に投入したものの、状況が厳しいことには変わりない。味方の竜騎士やペガサスナイトが竜の息の前に燃え尽き、墜ちて行くのが時折見える。
 援軍が来れば状況も変わる。そう信じてパオラは祈るように東の空を見た。
 そして、戦況は変わった。
 自軍右翼前方で激しく魔法が放たれたのが確認できた。時折、非常に明るい光が煌く。その光は、魔法が使用された影響で視界が悪くなっている平原でも、昼の日の光よりも眩しく辺りを照らした。
 右翼よりやや遅れて、左翼でもドルーア軍に向けて魔法が放たれ始めた。そちらでは、一際強い炎の魔法が使われているようだった。
「状況を確認して!」
 いきなりの変化にマケドニア軍は付いていけていない。パオラが命じるまでもなく、白騎士団の偵察部隊は両翼へと飛んでいた。
 状況はすぐに判明した。
「申し上げます。右翼方面はアカネイアからの援軍、左翼方面はグルニアからの援軍です。右翼方面はエルレーン閣下が、左翼方面はユベロ殿が直々に指揮を執られています。」
 報告が行われるまでの間にも、両翼からの攻勢はドルーア軍を圧倒し続けていた。すでにドルーア軍は混乱の中にあり、まともに攻撃できていない。
「中央へ戦力を集中して。ドルーア軍を押し返してください。」
 敵の左右両端は既に軍としての体裁を維持していなかった。パオラは戦力を中央に集中するよう指示する。もはや浮き足立ったドルーア軍は崩れ行く他なかった。

 竜になることもなく最後方から軍を指揮していたゼムセルであったが、側近の竜の報告で攻勢が失敗に終わったことを知った。蛮族兵ですら逃げ帰ってきている有様である。
 諦めず、突出した竜はそのまま魔法の餌食となっていた。それ以上の攻勢を無意味と判断したゼムセルは、全軍に撤収を命じた。
(それにしても……。)
 ゼムセルは考えずにはいられない。
(竜騎士に魔法、そしてドラゴンキラー。全てナーガの一族が人に知恵と力を与えたものばかりではないか。どこまでも、祟りおる。忌々しきことよ。)
 ドルーアの竜人はこの敗戦で人への憎悪を更に強める結果となった。しかし、この戦いで竜人の半数以上を失ったドルーア軍は、これ以上の攻勢を行うことは不可能であった。仕方なくゼムセルは軍をドルーアへ返した。もう一度攻勢に出ることができるのか。たとえ可能であったとしても、準備だけでかなりの時間が掛かることになりそうであった。

前の章 <>次の章