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FireEmblemマケドニア興隆記
竜王戦争編
三十五章 ドルーアへの道
ドルーアの兵が退いて行く。三方から包囲されたドルーアの竜達は、繰り返し咆哮しつつも一斉に退いていった。パオラは追撃を深く戒めた。戒めるまでもなく、これまで戦ってきた者達に追撃するだけの体力は到底残っていなかった。
ドルーアの竜達は、遠ざかるにつれ次第にその姿を消していった。竜人の姿に戻ったのであろう。平原は、再びその静けさを取り戻した。
「エスト、ここをお願い。」
返事を聞く余裕もない。ドルーア軍が退いて行くのを確認すると、パオラは真っ先にマケドニア軍の本陣へ駆けつけた。
「陛下!」
オーダインの隣に座るミシェイルを見つけると、パオラは真っ直ぐに駆け寄った。
「パオラか。よくやってくれた。……泣いているのか。」
ミシェイルの言葉が耳に入っているのかわからない。パオラは目に涙を浮かべながら崩れ落ちるように跪いた。
「陛下……陛下、無事で……。」
パオラの言葉は意味をなすことができなかった。ミシェイルも、他の者も、そのようなパオラの姿を見ることは初めてであった。
「慕われておりますな。ミシェイル殿。」
横にいたカミユがそうつぶやく。ミシェイルはパオラの肩へ手を置いた。
「心配を掛けたようだな。予はこの通り、何事もない。アイオテの加護と、カミユ殿のおかげだ。」
「陛下!」
なおも泣き続けるパオラをミシェイルはそのままそっと見つめ続けていた。
本陣を遠くから眺める目があった。パオラの妹、エストである。エストだけでなく、心配からか、それとも単に興味からか、多くのペガサスナイトが本陣を覗き込んでいた。
エストはとっくの昔にパオラの心には気が付いていた。
ミシェイルの体勢の元、精練を重ねてきたマケドニア軍には平民出身の将軍も珍しくない。しかしパオラはその中でも貧農出身で、唯一の女性将軍となっている。
先代の白騎士団団長、ミネルバの推薦があって就任した白騎士団の団長であったが、実は王侯貴族以外が白騎士団の団長となったのはこれが初めてであった。歴代団長も女性ではあったのだが、白騎士団はマケドニア軍の中でも格調が重んじられる傾向にあり、王族に近いところから選ばれるのが慣わしだったのである。
そのような状態で団長に就任したものだから、いくら平民出身の将軍が珍しくなくなっていたとは言ってもその風当たりは強かった。頼みの綱のミネルバは出奔してしまい、行方が知れない。しかし、ミネルバが推薦するだけの能力を持っていたパオラを、ミシェイルは大事にした。いわれのない中傷はいつしか全く囁かれなくなっていた。
パオラはパオラで、最初は白騎士団団長の職が自分に勤まるとは思っていなかった。ミネルバに任されたと言われた以上、引き受けないわけにはいかなかったが、最初は不安だらけであったのだ。
特に、一時期、ミシェイルとミネルバの仲はドルーアとの同盟の是非を巡ってかなり険悪になっていた。ミシェイルの下で満足な仕事ができるのかも不安だった。
だが、ミシェイルはしかるべき能力を持っていたパオラをないがしろにすることはなかった。むしろ、団長としてふさわしい能力を持っているにも関わらず周囲の風当たりの強さにさらされていたパオラを、ミシェイルは何かと気に掛けた。
普通であれば国王と単なる一将軍と言う関係であるが、竜騎士団長と白騎士団長と言う関係はそれだけには留まらない。接する機会は多かった。いつしか、パオラはミシェイルに惹かれていた。周囲にも噂され、パオラ自身にも自覚はあったが、パオラはこの感情だけは深く胸の奥へしまいこむことを決意していた。
あまりに身分が違いすぎるからである。
そのように考えていたからパオラ自身はミシェイルに対する想いをひた隠しに隠していた。エストには隠し通せてはいなかったのだが、ミシェイルはどうか。必要以上にミシェイルと話をすることが多かったために、ミシェイルとパオラの仲はもっぱら王都でのいい噂話になっていたが、ミシェイルは別段多くの反応を見せない。だからパオラはミシェイルに想いが通じることなどありえないと考えている。
本当にそうなのだろうか。エストは上空からミシェイルとパオラを眺め続ける。その風景からは、その部分だけが切り取られたかのような印象を受けた。ミシェイルは、俯いているパオラをじっと宥めているようだった。大切な部下とはいえ、一国の国王があのような態度を取るのものだろうか。
姉の幸せは案外と近いところにあるのかもしれない。そんな風にもエストは考えるのだった。
マケドニア軍はドルーアとの決戦に勝利した。
しかし、なんとか勝利することができたという状態ではあった。戦い終わり、半日以上戦場にいた兵達は皆、疲れ果てていた。予想はされていたことであったが、被害は非常に大きかった。
竜騎士団の飛竜、白騎士団のペガサス、どちらも損失率は三割を超えた。戦死者も多数だ。魔道士は極端に前線に立つことはなく、ほぼ無傷であったから、竜騎士団と白騎士団がドルーアの竜を相手に過酷な盾役をこなし続けていたことがわかる。
クラインが率いていた剣士達も十名以上の戦死者を出した。損害比率は竜騎士団などに比べれば低いが、今までの戦いの中では断然に多い戦死者数であった。
ミシェイルは竜騎士団と白騎士団はパオラに任せ、先行して帰還させた。ミシェイルは彼らに王都に着いたら十分な休息を取るよう命じていた。ミシェイル自身は竜を失っていたため、オーダインに同行する形で王都へ帰還した。
沿道の住人は、ドルーアを撃退した軍をただ讃えた。王都に到着する頃には、先に帰還していた竜騎士団や白騎士団などから戦いの様相が街中にまで伝わっており、軍を迎える人々の声は止むことがなかった。
ミシェイルは帰還してすぐ戦後処理を行うつもりだったのだが、急遽予定を変更し王都の民への報告を行うこととした。一日あけて、マケドニア王城の門が民衆に開かれた。ミシェイルの代になってから無駄な儀式などは省く方向にあり、民衆を王城の広場に招きいれたのは本当に久しぶりのことだった。
ミシェイルが演説用に作られた王城のバルコニーに昇る。王城の広場は民衆で埋め尽くされており、入りきれず、遥か階下までも人しか見えない状況であった。
ミシェイルはそれを確認するとゆっくりと語り始めた。
「親愛なる我がマケドニアの民よ。過日、我らとドルーアの間に大きな戦いがあり、我が軍は全力を尽くして戦い、これに勝利した。」
歓声が大きくなり、目に見えるかのようだった。押し寄せてくる波をミシェイルは笑みと共に受け止める。
群衆が静まるのを待ち、ミシェイルは続ける。
「予は諸君らに深く感謝する。五年前、マケドニアにはドルーアと正面から戦い勝利する力はなかった。これが今の勝利へと繋がったのはその間の諸君らの努力があってこそである。今、ここに、このような場を迎えることができたのは大きな喜びだ。加えて、グルニアとアカネイアの援軍には深く御礼を申し上げる。」
ミシェイルの演説は続いた。ドルーアと同盟を行った経緯。アカネイアが滅び、これをオレルアンとタリスを制圧するまでの過程。ガーネフとの対決。今まで、民衆が噂話のレベルでしか知らなかったことをミシェイルはこの場で話した。
ドルーアと敵対した以上、民衆にこれまでの暗躍を隠しておく必要はない。これはいい機会であった。
実際にはほとんどの民衆は詳しい政治情勢などには関心がない。逆に言うと、関心を持っている者はだいたい何らかの政治的な活動を行っている。
民衆が国王など政治的立場に居る者に望む一番の関心ごとは自分達の生活のことだ。少なくともミシェイルはそう確信している。
民衆は自分達の暮らし向きが少しでも悪くなれば文句を言う。逆に、良くなったとしても、感謝はしない。喜びこそすれ、王族に向かって感謝などはまずしない。
だから、現状を維持することが民衆を基盤とした政権を安定させるための一番の方法だとミシェイルは考えている。
とは言うものの、先王時代のマケドニアでは貴族達の汚職が蔓延しており、それ以前の問題であった。そういった貴族達から奪った富や権限はかなり大きく、ミシェイルは大部分をドルーアへの対策へと回す一方で、一部を公共事業等へ振り分けた。また、ドルーアへの対策と行っても、国境付近の城砦建築は公共事業の一種でもあり、民衆を喜ばせた。
戦争は、自分に火の粉が及ばない限り、民衆に気にされることはない。勝てば喜び、負ければ不安がられるが、基本的に民衆は無関心だ。逆に、マイナス方向に関心が持たれるようなことがあれば政策に支障が出る。ミシェイルは、少なくともマケドニア本土からはそういった声が起きないように舵取りをしてきた。オレルアンの方はマチスが上手く采配してくれていたおかげで、ミシェイルはだいぶ楽ができた。
だが、さすがにドルーアと直接対決を行うということになれば民衆の不安も大きかった。それも無理はない。アリティアやアカネイアが陥落したときの話はマケドニアの民衆の間にも伝わっている。国境を瞬く間に制圧して進軍してくるドルーア軍の脅威は、マケドニア国内で語られない場所はなかった。
その戦いがマケドニアの勝利に終わった。ドルーアですら立ち退けたのであるから、もうマケドニアに対して向かってくるような者はいないはずであった。民衆がまず喜んだのはこの点であった。
ミシェイルの演説は続く。
「ドルーア帝国は未だに健在である。ドルーア帝国がある限り、我らに真に安寧が訪れたとは言えない。予は、そう遠くない時期にドルーアを討滅するための軍を起こすだろう。ドルーアを滅してこそこの大陸に安寧がもたらされる。その時まで、より一層の諸君らの協力をお願いしたい。」
ミシェイルはそう締めくくった。ミシェイルの演説を聴き、涌き返っている民衆のどれほどがミシェイルの言ったことを理解したのだろう。その数は、そう、多くはないはずだ。しかし、これまでのマケドニアの方向性に疑問を感じる者がいて、その疑問を少しでも解消できたのなら、この場でそれを話した意味もあるだろう。ミシェイルはそのように考えていた。
演説を終えたミシェイルには、まず軍を立て直す必要があった。とは言うものの、泉から戦力が湧いてくるわけでもなく、残った兵力を有効的に再編成する必要があった。
オーダインが率いる王都守備隊は、今回の会戦自体ではそれほど被害は出ていない。しかし、国境を警備していた部隊には全滅に等しい被害が発生していたため、その戦力損失は決して小さなものではなかった。
ミシェイルは竜騎士団の編成も行わなくてはならなかったため、国境警備に関してはオーダインに一任された。オーダインは群を抜いて優秀な将軍と言うわけではなかったが、命じられたことを実直にこなす。能力における範囲内では信頼できる将軍である。長い間、マケドニアの王都守備隊を率いており、国境警備についてもどの場所を重点的に警備すべきかを熟知していた。オーダインは直ちにドルーアからの予測される進入地点に見張りの兵を配備すると、工兵に一般兵を加えて動員し、破壊された砦を補修する作業に取り掛かった。
竜騎士団と白騎士団は規模縮小を余儀なくされた。両方とも、一つの大隊の下に五つの中隊を持っていたが、これを再編し、四つとした。大隊長クラスや中隊長クラスにも戦死者はおり、新しい人選も行った。諸々の処置を行い、ミシェイルの周囲が落ち着くまで、およそ一月の時間を要した。
ユベロは戦いの後、ミシェイルと簡単な会見をしたのみでグルニアに帰還した。ユベロが率いてきていたグルニアからの援軍は、実のところはマケドニアがグルニアへ援軍に送った魔道士部隊がそのまま帰ってきていたものであった。ユベロやオグマなども同行はしていたが、大部分はラドビスの部下であり、彼らはこの機会にマケドニアに帰還することとなった。
アカネイアからの援軍も、カミユとナバール、アストリア、ジョルジュ、そしてリンダは早々にアカネイアへと帰還した。カミユ達はカミユ達で、アカネイアでやるべきことが多くある。オグマとナバールは、グルニアの会議以来再び顔を合わせることになったが、ゆっくり話をしている余裕は無かった。
クラインもカミユに同行しアカネイアパレスへと向かった。クラインの部下達は別途陸路でアカネイアへ向かった。クラインの部隊は、そのままマチスの指揮下に戻る予定である。
一方、エルレーンはマケドニアに残った。マチスの方でもアカネイアの運営のためにエルレーンは必要であったのだが、より重要な仕事がエルレーンには与えられたのだ。
それは、ドルーアに対する作戦の立案であった。元はミシェイルとマチスが大枠を決めていたものである。その後、詳細についてはマチスがアカネイアの運営を行っている間にミシェイルの方で固めようとしていたものだ。ところがドルーアの侵攻があり、事後処理のためにミシェイルの方で時間が取れなくなってしまった。そこで、エルレーンにその役目が巡ってきたというわけである。
ドルーアに対する作戦はマケドニアにとっては最優先事項である。エルレーンはミシェイルに命じられる形でマケドニアに残ることになった。
エルレーンは勤勉であった。魔道将軍として日々の執務を取る傍らで自己の鍛錬も欠かさなかった。もっとも、魔道軍の日々の運営については部下達のみでも問題がなく行えるようになっていた。ここしばらく部隊が複数に別れ、多方面へ分散していたため、エルレーンの指示を受けることなく独自に判断して行動することに各自が慣れてきていたのである。エルレーンは部下に感謝しつつその開いた時間にさらに自分の時間を積み重ね、作戦の立案に当てた。
作戦の実施時期については、これまでの予定通り、次の春が想定された。
作戦は主に三段階に分けられた。まず、ドルーアの帝都へ進撃する段階。次にドルーアの帝都を制圧する段階、最後が宮殿を制圧する段階だ。作戦の目的はドルーア帝国の解体によるマケドニアへの脅威の解消であるから、ドルーア側が降伏でもしない限りこれらは必要な手順となる。
しかし、いざ作戦の立案となると不明瞭な点が多かった。特に、ドルーアの城内についてはミシェイルが見聞きした情報しかない。城内へ追い詰める段階が発生すれば、行き当たりばったりにならざるを得ない。帝都についても最近の状況については情報が十分とはいえない。エルレーンはこの点について可能な限りの情報収集をクラインに依頼した。
周辺諸国からの援軍を当てにしても良いのかどうかも悩みどころだった。ミシェイルの話では、アリティアとアカネイアからは絶対に援軍を出させるとのことで、グルニアとサムスーフにも援軍の要請は行うとのことであった。
他はともかく、アカネイアの軍の一部は十分にドルーアの竜と対することはできる。アリティアにはともかくファルシオンを持ってきてもらうことが目的だ。しかし、結局のところエルレーンはいずれの援軍も初期段階の作戦要綱に組み込むことは取り止めた。マケドニア以外については政情が安定しているとは言い難く、それを当てにはしたくなかったのだ。
結局、エルレーンにもミシェイルがどこまで援軍を当てにしているか。その正確なところは計りかねた。ただ、グルニアはともかく、サムスーフやグラに援軍を依頼したところでまともな戦力が出てくるとも思えない。その辺りはミシェイルにもわかっているはずであるので、ミシェイルにはまた別の思惑があるのかもしれない。
しかし、それはミシェイルが考えることである。エルレーンの側は、ミシェイルの動きを気にせずに現実的な作戦案を作ることこそ仕事である。
エルレーンはドルーア帝都までの主力を竜騎士団が、帝都に着いてからの主力を剣士と魔道士が分担する案を作成した。特に、奇はてらっていないオーソドックスな案ではある。
最終目標はドルーアの宮殿。目的地点が動かしようも無く決まってしまっているため、そうおかしな作戦は取れない。竜騎士団、白騎士団を動かして奇襲をすることは可能だが、竜騎士では城内までは攻め込めない。
ドルーアの帝都は、山間の盆地にあり、ほとんど守りは意識されていない。このため、制圧が完了した段階で周囲のドルーア軍が無力化されている必要がある。無力化されていなければ無力化する必要がある。この部分を無視して宮殿へ攻め込むことはできない。山間の都市にしては攻める事が難しいわけではないのだが、それはそれで別に問題があるということである。
ただ、アカネイアパレスが陥落した今となっては、ドルーアは遠方に有力な軍団は所持していない。敵の援軍を考える必要がないからこそ、一つ一つ確実に追い詰めて行く。ミシェイルとマチスが今までやってきたことの全てをここに集めればいい。エルレーンはそう考えていた。
動員する兵力はそう多くはない。例によって、動員するのは竜騎士とペガサスナイト、魔道士と剣士が主だ。剣士も、竜を相手取ることができる熟練した剣士でなくては話にならない。クラインの部下が主としても、二百人居るかどうかと言う人数だ。
しかも、剣士達全員にドラゴンキラーが行き渡るわけではない。ドラゴンキラーは数が少なく、剣士の半数程度が装備できるくらいに過ぎない。ドラゴンキラーを持たずに竜の相手をすることは困難だから、ドラゴンキラーを持つ剣士と持たない剣士の連携も重要になってくる。
どちらにせよ、ドルーアの宮殿へ攻め込むとなれば、この剣士と魔道士で上手く連携して攻め込むことになる。
宮殿へ攻め込む段階となれば、その周囲、ドルーアの帝都を制圧した上で維持管理することが必要だ。この維持管理についてはドルーアに対する実戦部隊を当てなくとも問題ない。エルレーンはここにオレルアンからムラクの一軍を動員することとした。
オーダインはマケドニア王都の守りに残しておく必要がある。隣国ではあるが、マケドニアとドルーアの首都の間にはそれなりの距離があるから、オーダインが両方を把握することは難しい。とすれば、次に考えられるのはレフカンディのハーマインであるが、ハーマインにはアカネイアの旧領全てを監督する役目がある。消去法で、オレルアンのムラクを動かすということになる。
また、竜騎士団も白騎士団も余裕がなくなってしまっている。その戦力不足を補うためにミネルバの独立部隊を予備軍として投入することにもした。オレルアンの情勢は安定しているから、ミネルバの部隊を移動させることに問題はない。ミネルバもムラクも不在となってしまうが、その間はタリスにいるマリオネスに監督を依頼すれば問題はないだろう。
侵攻に必要な物資は基本的に王都の備蓄で賄う。王都の備蓄とは言うが、ドルーアに対する為、オレルアンやレフカンディなどから適宜物資の集積が行われている。このため、ドルーアの攻撃を防ぐために使用した物資の消費を差し引いても、次の攻勢に出るために十分な程度の余裕はある。
エルレーンはこうしてまず作戦の一番の外枠を固めると、ミシェイルとマチスにこれを送った。これを受けたミシェイルとマチスは幾度か書簡のやり取りをし、ドルーアへの攻勢を開始する前に作戦に対する各国の立場を明確にしておくべきだという結論に達した。
これはエルレーンが他の国の援軍を作戦案に取り込んでいなかったからである。考えてみれば、各国に援軍を要請することは決めていたものの、細かい内容については全く検討がなされていなかった。マチスとしても、アリティアへの条件がマルスとファルシオンがあること、アカネイアはとにかく参戦することという程度しか考えていなかった。
もっとも、マチスもエルレーンと同様に、援軍を数として数えようとはしていなかった。アカネイアはともかく、アリティアについてはファルシオンがあることが重要で、数は問題ではないと言う認識は共通していた。
しかし、それなりの数で参加してもらえるのであればそれなりの統制をする必要が出てくる。多くの国の軍で構成された軍の統制を取ることは難しいことでもある。
そこで、各国にこの戦いに参加する意志があるかどうか。参加する意志があるのであれば、どの程度の数を派兵するつもりなのか。その他、必要な物資などはどうするのか。そういったことを話し合う場を設けることにした。
これは、ミシェイルの強い希望で決まった。援軍を依頼するだけであれば、書状のやり取りのみで済む。しかし、ミシェイルは一度、各国の代表者を集める場を作るべきだと考えていたのである。この場合、ドルーアに対する作戦についてという議題は名目的なものであった。
招聘の対象となるのは、現在主権を保持している各国。未だ占領統治下のオレルアンやタリスは含まれない。マケドニアでは地理的にあまり都合が良くないため、アカネイアパレスに集まることとした。年が開けた早々に会合を持つべく、各国に使者が出された。
年が明け新年を祝う祭り気分も落ち着いた頃、アカネイアの都では厳戒態勢が取られていた。街角の主だった箇所にはことごとく歩哨が立ち並び、冬の冷たい空気を更に引き締まったものとしている。
マルスがここを訪れるのは、初めてではない。しかし、前に訪れたのはコーネリアスに連れられて顔見せに来た時であるので、もう記憶すら定かではない遠い過去の話だ。アリティアの城と比べても数倍の大きさを誇る宮殿は、外からはただただ見上げるばかりである。
マルスが到着したことが伝わると、案内の者がやって来て客間へと歩き始める。
「会合は、いつから始められますかな。」
同行していたジェイガンが何とはなしに聞く。
「グルニアのユベロ殿が遅れておりまして、早くとも明後日くらいからではないかと聞いております。」
「そうですか。」
マケドニアから、対ドルーアのための話し合いを行うという連絡が来たのがちょうど年末の時期であった。年が明けて七日後、アカネイアで会合を行うので、これに参加して欲しいとの要望である。
対ドルーアでの戦いについて、どの国が、どういった過程で、どの程度の戦力を出すことができるかが話し合いの目的だと聞かされた。このため、回答を用意したマルスはジェイガンを伴ってアカネイアへと赴いた。
「明後日ですか……予定が空いてしまいましたな。」
「できるなら、ニーナ殿下へご挨拶に伺いましょう。」
明日からすぐに会合が始まると考えていた二人は多少拍子抜けしていた。
「マルス殿、ジェイガン殿。」
案内されている二人に声を掛ける者がいた。四年間、よく近くで聞いていた声であった。
「ハーディン殿。あなたも呼ばれていたのですか。」
声を掛けてきていたのはハーディンであった。偶然通路の反対側から歩いてきていたようであった。
「ああ、今回は国王レベルの人間が軒並み集められているようだ。私もサムスーフの国王として呼ばれた。顔はわからないが、グラのレギノス将軍も来ているらしい。」
「大事ですね。」
マルスにはこのような会合へ出るのは初めてでもあり、まだ実感が掴めていない。
「昔のアカネイアだったら何か事ある毎に呼び出していたからな。それに比べればかわいいものさ。ところで……。」
ハーディンはマルスが持っている盾が気になっていた。結構な大きさの盾であり、目立たない方がおかしいが、知っている者が見なければそれは単なる変わった意匠の盾である。
「ファイアーエムブレム。持ってきたのか、その盾を。」
マルスは盾を持ち直す。
「ええ、アカネイアのために戦うという本来の意味が失われてしまいましたから。これは、元の持ち主に返すのが筋でしょう。」
「……ニーナ殿にか。」
マルスが頷く。
「ハーディン殿、申し訳ないが、部屋に案内してもらっている途中ですので。」
気がつけば、案内役の侍従が所在なさそうにしている。
「これは失礼。ちょうど時間ができたようであるし、積もる話はまた後ほどとしよう。」
「ええ。」
マルスはハーディンと軽く会釈し、その場は別れた。
「ミシェイルのデモンストレーションか……。」
マルスと別れた後、ハーディンが呟いたその一言は、静かに通路へ吸い込まれていき、聞いていた者は誰もいなかった。
翌日、マルスはニーナに挨拶をしに向かった。急に予定が開いたのはニーナも同じであり、執務中ではあったが快く迎えてくれた。ちょうどミディアが同席していた。
「ニーナ殿下、ご無沙汰しております。」
「こちらこそ。マルス殿、随分と精悍になられましたね。」
ニーナがマルスと会うのは五年ぶりだ。当時、若干十六歳だったマルスは、既に二十一歳となっている。少年の面影は既になく、たくましい青年として成長した姿がそこにあった。
「無理もありません。殿下と最後に言葉を交わしてから、すでに大分経つのですから。」
と、マルスは笑う。
「殿下の行方が長らくわからなかったものですから、よく心配しておりました。こうしてお会いできることは大きな喜びです。」
「それはお互い様でしょう。」
ニーナも笑う。マルスにはニーナが随分と明るくなったように感じていた。以前、解放軍として側にいたときは、厳しい表情、暗い表情が多かったのだ。今は、心の底から笑えているようにマルスには思える。
そのまま二人の話題は、自然と今までどうしていたかということになった。過程の違いはあっても、お互いにマケドニアに助けられて隠れ住んでいたということがわかり、二人は驚いた。
しかし、納得もしていた。ミシェイルがマルスを取り込もうとしているならば、ニーナを取り込もうとしたことも理解できる。逆もまたそうである。
「皆の話を聞き、マケドニアが何をしたいと考えていたかは、今はある程度はわかっているつもりです。」
と、ニーナは言う。
ニーナはジョルジュから話を聞き、マケドニアでアカネイアがどのように捉えられていたかを知った。それが全てではないとは思った。だが、マケドニアでは先王のオズモンドはアカネイアを信用していたが、ミシェイルはそうではなかった。そして、ミシェイルを同じ考えを持っていたものがより多くの力を持っていた。そういうことなのだろうと考えた。
「今でこそ、私はこのようにアカネイアの再建のために動くことができていますが、昔は王女としての身分のみに周りを固められ、自由などは全くありませんでした。」
ニーナは話す。自分が、何も知らなかったこと。マケドニアがアカネイア中心の大陸を壊そうとしていたこと。マケドニアはドルーアに従っていたのではないと言う事。マルスが知っていた話もあれば、初めて聞く話もあった。
「今のマケドニアは、アカネイアを本当の意味で滅ぼそうとは考えてはいないでしょう。私は、今できることをするだけです。」
ニーナは既にマケドニアにはそれほど悪い印象を持っていない。マケドニアにはマケドニアの理由があると知った後ではなおさらである。しかし、そこに裏があることにはニーナは気付いていない。
マケドニアは悪い意味で第二のアカネイアとなる可能性がある。ミシェイルの代はともかく、代を重ねるに従って支配と腐敗が進む可能性が捨てきれない。
ジョルジュなどはこの点に気がついていた。しかし、ニーナに話はしていない。話をしてもどうしようもないからだ。今のマケドニアは、体制の維持を裏付けるだけの軍事力を持っている。権限の少ない暫定のアカネイア政権にはできることは限られている。今は、ニーナにはできることをしてもらう方がいい。ジョルジュ自身は対策を考えていないわけはなかったが、ことはマケドニアの内政に関わることであり、すぐにどうこうできるものでもない。今はマケドニアは安定しているから、早急に対策が必要な事項と言うわけでもない。ただ、気がついた時には手遅れになっている可能性が高いから、気に留めておく必要は常にある。
この、マケドニアがアカネイアの立場に取って代わるだけだと言う事実について、気が付いている者はそう多くはない。これは、大陸の体制自体が長い間アカネイア中心で固まってしまっており、中心が移動することの影響まで考えが及ばないからだ。アカネイアの大陸支配は六百年。しかも、この大陸ではアカネイア以前の国の歴史は存在しない。アカネイアと言う国がどのようにしてできたのか。それは神話で語られるレベルの話であり、ガトーから真実を聞いたミシェイルやドルーアの地で竜族の知識に触れたユベロ以外には調べようとしても調べようが無いことであった。
マルスにはニーナの話は新鮮であった。マルスもまた政治の経験はほとんどない。アリティアが陥落する前は政治には全く関わっていなかった。解放軍を率いていた時には自ら政務に携わることもあったが、その中心的立場にあったのはオレルアン解放からレフカンディで敗れるまでのわずかな間だけだ。
アカネイアが何をどうしたのか、隠れ家に居る間はハーディンもジェイガンもなかなか口を開くことは無かった。ジェイガンから実情が聞けたのは、最近アリティアに戻ってからである。
ジェイガンはなるべく穏やかに話したが、マルスには衝撃は大きかった。特に、マルスが生まれて間もない頃にオレルアンで反乱があり、後にアカネイアの貴族がいるという噂があったことは、マルスを大きく驚かせた。思えば、ハーディンは全てを知っていたのだろう。
「殿下、ドルーアに占領される前のアカネイアがどのような状態であったか、まだ幼かった私にはよくわからないことばかりです。しかし、やりなおす機会は与えられました。昔日のアカネイアには劣るかもしれませんが、後世に胸が張れるようがんばりましょう。」
と、マルスは言った。半ば、自分自身にも言い掛けていた。
「殿下、話がはずんでしまいましたが、殿下をお訪ねしたのは他でもありません。このファイアーエムブレムについてです。」
マルスは持ち抱えていたファイアーエムブレム、紋章の盾を手前に持ち替えた。
「私には、もうこれを持っている理由はありません。殿下にお返しするためにお持ちしました。」
ニーナの視線はファイアーエムブレムに注がれる。
「マルス殿、お手数ですがファイアーエムブレムは会合の席へ持ってきてもらえませんか?」
と、ニーナは言う。
「会合へ?殿下、ミシェイル殿に盾を渡す心積もりであれば無意味かと存じますが。」
ファイアーエムブレムはアカネイア王家のために戦う者が持つアカネイア王家の正式な軍であることの証だ。ミシェイルがそのような物を受け取るとは思えない。
「わかっています。今回の会合では各国の代表が集まります。ファイアーエムブレムはその場で確かにアカネイアに返却されたと、各国の代表にも明らかにしておきたいのです。」
「……わかりました。そういうことであれば、承りましょう。」
ファイアーエムブレムの取り扱いはニーナにとってはそれほどまでに大事なものなのだろう。マルスはそう受け取ったが疑問でもあった。マケドニアが各地を押さえている現状、しかも、当のアカネイア王家がそのマケドニアの庇護を受けているような状態でファイアーエムブレムに意味があるとは思えない。
だが、ニーナもマケドニアにファイアーエムブレムを渡すつもりではないようである。別に考えがあるようではあるが、マルスにはそれが何かはわからない。マルスは、ひとまずはニーナの言うとおり、ファイアーエムブレムを元に戻した。
それからの話は、全体的に他愛の無いものであった。会合でどのようなことを話すか、これからどのようなことをしていくか。マリクに依頼されているアドリア領の話もした。ニーナは他の領土については任せるとだけ言った。
久しぶりであったこともあり、だいぶ話し込んでしまっていた。二人はミディアが割り込むまでそのことに気がついていなかった。ミディアが申し訳なさそうに時間について言及したところで、会話はお開きとなった。
その日には遅れていたユベロも到着し、マチスの使いから明日に会合が開かれることが会合の参加者へ伝えられた。
アカネイアパレスの会議室。そこはかつても各国の代表が集うことがあった会議室でもある。その主をアカネイアからマケドニアに変えて初の会合が開かれようとしていた。
円形の大きなマケドニアからはミシェイルとマチス。その正面にニーナとカミユが座っている。
グルニアのユベロはマチスの隣だ。オグマを伴って参加している。マルスとジェイガンがその反対側。そして、サムスーフからハーディンとグラからレギノスが参加している。ハーディンは単独での参加だが、レギノスは側近の一人を連れてきていた。
レギノスがこうして他国との交渉テーブルに着くのは初めてのことである。レギノスの最初の印象は、各国のトップであるというのに皆、一様に若いということであった。比較的年配であるのは自分が連れてきた側近の他にはアリティアのジェイガンしかいない。レギノス自身もまだ三十代ではあったが、グルニア国王となったユベロなどはまだ十七である。それでいて、宰相を置かず、親政を行っているらしいからもはや想像の範囲外である。
全員が落ち着いたところを確認すると、おもむろにミシェイルが立ち上がる。
「全員揃ったようですな。それでは対ドルーアの作戦に関する会議をこれから始める。」
その、ミシェイルの宣言で会議は始まった。
まず、マチスから現在の作戦案の説明があった。これはエルレーンが作成した作戦案ほぼそのままである。
マチスの説明が終わると、再びミシェイルが話しを続ける。
「さて、お聞きいただければわかってもらえたかと思うが、この作戦案には諸兄らの戦力は考慮されていない。諸兄らの助力が得られるのであれば計画には相応の変更が必要となる。そこで、こちらとしては参戦してもらえる戦力を把握しておきたい。」
「ミシェイル殿、よろしいか。」
真っ先に反応を返したのはハーディンであった。
「マチス殿の説明を聞くところによると、戦力として数えられるのは竜に対抗する手段がある者に限られる。正直なところ、まだ体勢が整っていない我が国軍にはそれだけの手段は無いと言っていい。我々の騎士団を投入したとしても単なる足手まといにしかならぬと考えるが、いかがか。」
ハーディンとミシェイルの視線が交錯している。
「こちらとしては、約定にない部分に関しての采配は各国に一任する。」
ミシェイルのその答えにハーディンはやや考え込んだ。
「了解した。約定と言われている物がいかなる物かは預かり知らぬが……申し訳ないが、我が国は援軍を見合わせて頂きたい。未だ国内のことで手一杯だ。派兵している余裕はない。」
すこしして、ハーディンはそう断言した。断るにも堂々としたものである。状況が把握できればハーディンがこの席にいる必要すらない。しかし、わざわざ列席したことでハーディンがどのような人物であるか、他の者に印象付けることはできただろう。
「ミシェイル殿。我々のグラもドルーアに受けた痛手から立ち直っておらぬ。ガーネフに従っていた魔道士達も既に四散した。今のグラにドルーアの竜に立ち向かえるだけの力を持つものはいない。……申し訳ないが、グラも辞退させて頂きたい。」
グラの国王、レギノスの主張も堂々としたものであった。マケドニアに実質上降伏した形にはなっていても、気後れはしていない。その男がグラを纏め上げることができた所以でもあった。
「サムスーフとグラから派兵できない件については了承した。こちらとしても無理は言わない。」
ミシェイルの方はあっさりしたものである。
「では、グルニアの方から説明させていただきましょう。」
次に発言したのはユベロであった。その凛とした声が会議場に響く。
「グルニアも依然体制の立て直し中であり、相手がドルーアであることもあって大規模な派兵は不可能です。しかし、会戦に先立っては有用な戦力を集め、微力ながらお力添えしたく考えています。具体的には、魔道士が十名程度、剣士についてはオグマに選出を任せていますが、今のところは十五名程度になる見込みです。援軍の指揮は私が自ら行います。」
横では、オグマがその表情を険しくいる。援軍を送る程度では必ずしも国王自ら動かなくても問題はない。しかし、それでなくとも自身が優秀な魔道士でもあるユベロが動かないわけはない。オグマはこの若い王様が無茶をしないか見守るのみである。
「了解しました。グルニア軍についてはグルニア軍でまとまって動いていただくことになるかと思います。よろしくお願いします。」
マチスがこれに答え、ユベロはまた一礼した。
「では、アカネイアの戦力について説明させてもらおう。」
次に発言したのはカミユだった。ニーナはじっと座っているのみである。
「アカネイアは以前からの話の通りこの作戦には参加させていただく。ただ、編成としては酷く変則的な物となるので、予め了解しておいて頂きたい。まず、中心となるのはアストリア殿が率いる剣士部隊。これがだいたい二十五名程度。他に、私と私の部下で合わせて五名。その上でジョルジュ殿とリンダ殿も随行します。」
アカネイアにも魔道学院が存在したが、ドルーアによって跡形もなく解体された。現状のアカネイアでは魔法戦力は揃える事ができない。幸い、アストリアの部下には腕に覚えのある剣士が多くいる。このため、結局はアストリアを中心とした編成となった。
「アリティアはいかがですか?」
カミユの説明を聞いたマチスは、さらにマルスへ訊ねる。
「アリティアから参加できるのは私を含めて五名程度です。もちろん、私がファルシオンを持って参加させていただきます。」
マルスの言葉は短い。しかし、マルスにとってはそれが伝えたいことの全てだった。
「申し訳ないが、アリティアもまだ混乱が治まっていない。当座の治安を維持する軍は何とか機能しつつあるが、まだ一国の軍として機能している段階ではない。五名と言うが、マルス殿下以外は全てマルス殿下の護衛と思っていただきたい。」
簡単に言ったマルスをジェイガンが捕捉する。
マチスはやや考える。サムスーフとグラが援軍を出さないのは想定の範囲内だ。両国については、この場でわざわざ明言させることに意味がある。
援軍は、少数で中途半端なように見えるが、大軍を動員すれば相手がしやすくなるという相手ではないだけにこれは仕方がない。その少ない戦力をどのように動かすかが問題だ。
「先ほど説明した通り、宮殿内部までは竜騎士は入れません。剣士、魔道士の方々は突入の主力となって頂きます。特に、マルス殿は中央を突破してもらわねばなりません。このため、私の部下であるクラインと行動を共にして下さい。」
「アカネイアの方々もグルニアと同様にアカネイアの部隊で固まって下さい。ある程度指示は出しますが、基本的に内部でどのように部隊を運用するかはお任せします。」
マチスのその発言を皮切りに、より細かい作戦案へ話は移っていった。
作戦の決行は三ヶ月ほど先。まず、マケドニアの王都に全軍が集結し、ドルーアの帝都を目指すことになる。進軍の中途で戦闘が発生するようなことがあればマケドニア軍の竜騎士団と白騎士団が全力でこれを排除する。市街戦からは剣士と魔道士が主力となる。
作戦の総指揮はミシェイルが直接執り、マチスがこれを補佐する。市街戦、城内戦等でミシェイルが指揮することが難しい場合にはエルレーンが代わりに指揮し、クラインがこれを補佐する。
糧食等、必要な物資は援軍の分もマケドニアで負担することとした。王都からの必要物資は全てマケドニアが用意する。
「概要は以上です。何か質問がありましたらお受けします。」
と、一通りのマチスの説明が終わった。
「よろしいか。」
手を上げたのはハーディンであった。
「ドルーアへ攻撃を行うことはよろしいでしょう。しかし、ドルーアを攻略した後、かの地はいかがするおつもりか。」
ハーディンの質問にはマチスが答えた。
「今まで忌避されていた土地ではありますが、ドルーアによって都としての体裁は整っています。治安を維持しないわけにはいきません。当面はマケドニア軍が管理に当たることになります。」
ドルーアの都はもともと未開の地であった。ドルーアは山間を切り開き、都を築いたのだ。今でこそマケドニアとドルーアを結ぶ街道もできてはいるが、最初は獣道すら存在しなかった。道は、政情が落ち着いていた間に交易を行うために開かれたのである。曲がりなりにも王都と帝都を結ぶ道であるから、街道と呼ばれてはいるが、急に作られたために道としての程をなしてない箇所もある。
しかし、ある程度の人がそこに生活しているのであれば、管理しないわけには行かない。
「ハーディン殿。元は何もなかったとは言え、彼の地は元々マケドニアの領土だった場所だ。問題はあるまい。」
薄く笑いながらそう言うミシェイルへ、ハーディンは無表情で向き合っていた。
「お言葉ながら。オレルアンもタリスも、元の持ち主へは戻ってはおりませぬ。」
困ったものだと、ミシェイルは考える。ハーディンもわかっていないわけではないだろうが、あえて揺さぶりをかけているのだろう。
「全て、我が軍の力で勝ち取ったものだ。ドルーアは我々にとって危険な存在だ。よって、攻め込む。その土地はマケドニアが奪い返す。オレルアンやタリスも機会があればそのようにすれば良いだろう。それが今、為すべきことではないことは貴殿にもご理解いただけるはずだ。」
ミシェイルは強かった。さすがにハーディンも黙らざるをえなかった。
「今一度、確認させていただこう。未だかつて、ドルーアの竜と我々が分かり合えたことはない。単に、マケドニアはマケドニアの国益を、ドルーアはドルーアの国益を求め続けたところに現在の状況がある。ドルーアと並び立つことはできぬ。これを討つことはドルーアを除いた全ての国にとって益となることであると私は信じて疑っていない。諸兄らにはそのための協力をお願いしたい次第である。」
皆、ミシェイルに注目していた。さすがに、マケドニアに正面から対抗しようとする者はいない。ハーディンにしたところでマケドニアを警戒していたとしても、ドルーアがそれ以上の脅威であることはわかりきっている。ドルーアがなくなるまではマケドニアと着かず離れずの関係を保つことが最良なのだ。
それにも関わらず、水を差すような発言をハーディンがしたのは、この会合があまりにも茶番であったからだ。
グラとサムスーフが援軍を出せる状態にないのはわかりきっていたはずだ。他の国も、まだ実際に攻勢に出るまでには時間があるのだから書面のやり取りのみで十分なはずだ。にもかかわらずマケドニアが各国の代表を招集したのは、ドルーアの後の大陸でマケドニアがその中心となることを改めて各国に印象付けようとしたために他ならない。
ハーディンの発言は、自分はそのまま思い通りにはならないという意思表示でもあった。
「他に、何か御座いますか。」
場が静まり、話が停滞してしまったため、マチスが仕切りなおした。我に帰ったマルスが話し始める。
「失礼します。以前、ニーナ様からお借りしていたファイアーエムブレム。これを、お返ししたく、この場にお持ちしました。」
マルスは座っていた椅子に立て掛けておいたファイアーエムブレムをおもむろに円卓へと載せる。ニーナが何を意図してこの場へファイアーエムブレムを持って来させたのかはわからない。しかし、ミシェイルの表情が少し歪んだことに数人が気付いていた。対照的にマチスはその盾をじっと眺めていた。
「この盾は、アカネイア王家の者がアカネイアの守護者たる者にその証として預けるものです。オレルアンでマルス殿に渡した後、そのままになっていました。カミユ。この盾は、あなたが持っていてください。」
と、ニーナはそう言う。ニーナは、アカネイアを守る者がマルスからカミユに移ったということを皆に示すためにこの場を利用したのだ。ニーナにとっては、マケドニアに言われたからカミユを受け入れるのではなく、自分からカミユを受け入れたということの何よりの証でもある。
「私が……。わかりました。この盾は私が預かりましょう。」
カミユは盾に手を伸ばそうとした。その時、盾をじっくりと見ていたマチスから声がかかった。
「ちょっと待ってください。その盾を見せてもらえませんか。」
カミユはやや迷ったが、ニーナが頷くのを見て盾をマチスへ差し出した。
「どうぞ。」
一方のマチスは、返事もせずに差し出された盾をじっと見つめていた。盾の形をした五角形の図形の中に炎の文様が描かれている。ファイアーエムブレムと呼ばれる所以である。
「……陛下。この周囲に五つある丸い窪み。ここに、宝玉が入りそうな気がするのですが?」
ミシェイルとユベロが息を飲んだ。身を乗り出して盾を確認する。
「たしかに、ちょうどよさそうな大きさだ。数も合っている。」
「これが、封印の盾だと言うのですか?」
ミシェイルとユベロが顔を見合わせる。
「どういうことですか?」
封印の盾については、ミシェイルとユベロは直接ガトーに話を聞いている。これを受けて、マチスも極秘で探す依頼を受けていた。だからこの場に居る者で知っているのはミシェイルとマチス、ユベロの三人のみである。
ミシェイルはガトーから聞いたことを説明した。封印の盾と呼ばれる、理性を失った竜を封じ込めておく盾があったこと。メディウスもそこに封じられていたこと。当時、盗賊だったアラド一世が盾を盗み出し、封印の力が弱まったこと。アラド一世は盾から切り離した宝玉を売り払い、得た軍資金を元にアカネイア王国を建てたこと。こういった話を次々と説明した。
「アラド一世が盗賊?」
ニーナが険しい表情をする。それでなくとも突拍子のない話だった。
「ガトーの話が確かならな。ガトーの話に矛盾はない。私としては信用できる話だと考えている。」
と、ミシェイルは言う。
「ガトー殿は封印の盾の土台を探しておられました。アカネイアに合ったとしてもおかしくはありません。」
ユベロはガトーに話を聞く前にドルーアの書物で一連の話を聞いているだけに、全く疑っていない。
「確認してみる価値はあるな。ニーナ殿、この盾を今しばらく貸してはもらえないだろうか。」
ミシェイルの頼みではあったが、さすがにこれはニーナがつっぱねた。
「それはアカネイア王家の至宝です。先ほども申しました通り、アカネイアを守護する者が持つべき物なのです。たとえミシェイル殿の頼みであっても、聞くことはできません。」
また、思わずミシェイルは苦笑いしてしまう。
「では、宝玉をここまで持ち込んで確認してみるのはいかがでしょう。」
ユベロが対案を出す。
「それしかあるまい。」
封印の盾の効果が真に聞いたことと同じであるのならば、ドルーアに対するまたとない戦力となる。もしかするとメディウスと戦う必要すらなくなるかもしれない。ミシェイル達は必死であった。
「それくらいでしたら構いませんが……。」
さすがにニーナも気圧されてしまう。
「ならば……宝玉はかなり扱いが難しいものでもあったな。エルレーンであれば大丈夫だろう。すぐに持ってこさせるのでよろしくお願いする。」
と、ミシェイルは頭を下げる。他の者は口を挟む余裕もなかった。
「他に何かありますか?」
結論が出たと判断したマチスが聞くが、他に発言するものもなく、そのままミシェイルとユベロに圧倒される形で会合は終わった。
ミシェイルから最優先事項ということでその命を受けたエルレーンは、すぐに宝玉をアカネイアへと持ち込んだ。果たして宝玉は全て盾にぴったりと治まった。それぞれの宝玉が放っていた力が共鳴し、より強くなったように感じた。
封印の盾に違いない。
ミシェイルは、会合に思わぬ副産物ができたことを大いに喜んだ。ドルーア攻略戦に向けた、その準備は順調であった。